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TOP > バウの道中記 > 2010/12/12
 

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 point 【rain-bow】
 point 【714Xと6人の医師】
 point 【古代への旅】
 point 【Pastime】
 point 【18のバス停】
 point 【I Thought About You】
 point 【HOMEに帰ろうぜ】
 point 【山月記に学ぶ】
 point 【風 散々と】
 point 【これで、いいのだ!】
 point 『注文の多い料理店』
 point 【曼珠沙華】
 point 【きつねの夕食会】
 point 【キラリ 札幌地下鉄】
 point 【ゴキブる】
 point 【水道水を飲む】
 point 【夏休み】
 point 【ガイア セブン】
 point 【田んぼの中の露天風呂】
 point 【父は空 母は大地】
 point 【ラジオの話し】
 point 【よければ一緒に】
 point 【シベリア鉄道】
 point 【1分で充分だった】
 point 【病みながらも生きて行く】
 point 【がんの催眠療法】
 point 【テニアン島の怪】
 point 【東京銭湯】
 point 【12月の雨の日】
 point 【しあわせって・・・】
 point 【ダダ・チャイルドの明輝人くんへ】
 point 【犬のようちえん】
 point 【東京タワー】
 point 【希望は踊っている】
 point 【Slow Dance】
 point 【道頓堀でカヌー】
 point 【野の花診療所】
 point 【バウ塾】
 point 【ジョン・レノンな私】
 point 【もっとCM見ようね】
 point 【朗報・みっつ】
 point 【あやまりの旅】
 point 【地球をいやそう】
 point 【言葉が消えた・・・】
 point 【四国から・・・】
 point 【3つのビルの謎】
 point 【聖地・チベット】
 point 【事業仕分け】
 point 【途中退席賞】
 point 【ノーナプキン】
 point 【船首漂着】
 point 【大ボラを吹く人たち】
 point 【きづきの瞬間】
 point 【LOVE ME TENDER】
 point 【親子3代つながった】
 point 【水虫の唄】
 point 【自分の足で】
 point 【あの純真さに学ぶ】
 point 【おいしいコーヒー】
 point 【何を目指したか】
 point 【ダムのない川】
 point 【愛おしくて】
 point 【タタの面白さ】
 point 【15秒のCM】
 point 【REGEND 重い扉】
 point 【起業課を新設】
 point 【開け!にっぽん】
 point 【ピンポン!】
 point 【夢から一歩】
 point 【名人戦】
 point 【セバスチャン氏との出会い】
 point 【やっぱカヌーだよ!】
 point 【カナダセミナー報告】
 point 【希望への讃歌】
 point 【アンソニー・フィリップス】
 point 【ウイルスの政局話し】
 point 【Muzinzo vol.1】
 point 【MOXとCANOE】
 point 【地球マンの声】
 point 【人間家族】
 point 【無為自然】
 point 【おくっとこ】
 point 【ベーシックインカム】
 point 【ロビー活動】
 point 【ハワイな予感】
 point 【フードバンク】
 point 【勇気ある卵】
 point 【類は友を呼ぶ】
 point 【内を向いて歩こう】
 point 【ウォーリーの家】
 point 【お弁当の話し】
 point 【素朴な里と人】
 point 【714X 未知の道】
 point 【似顔絵の作り方】
 point 【大好きだよ!】
 point 【ハプチョンに行くぞ】
 point 【予約販売 GOGO!】
 point 【最後のニュース】
 point 【足るを知る】
 point 【骨董通り散歩】
 point 【薪割りの季節】
 point 【Hymn To Hope 】
 point 【こころの意味】
 point 【行きと帰り】
 point 【お誕生日】
 point 【108の祈り・後】
 point 【108の祈り・前】
 point 【てるりん慕情】
 point 【オフコース】
 point 【読書三昧】
 point 【カナダ報告2】
 point 【どんでん返し】
 point 【ストリートビュー】
 point 【帰りたい】
 point 【カジカ鳴く夕暮れ】
 point 【日の目を見る】
 point 【うぶに還る】
 point 【純真な動き】
 point 【ぼ〜っとする】
 point 【常温核融合】
 point 【ナンバー117】
 point 【夢のひとつ】
 point 【カナダ報告】
 point 【タオと生きる】
 point 【ラップ療法】
 point 【Tibet Tibet】
 point 【千島学説セミナー】
 point 【ガストン・ネサーン】
 point 【BOOMERANG】
 point 【Yes,We Can】
 point 【宇宙を越えて】
 point 【マンハッタンのマグロの叫び】
 point 【食の研究所】
 point 【いのちの食べ方】
 point 【医学の進化】
 point 【育ち・なおし】
 point 【半農半X】
 point 【月に笑う夜】
 point 【911から見る未来】
 point 【中越沖地震】
 point 【慈しむ】
 point 【ひとり旅の冒険旅行】
 point 【HOME SWEET HOME】
 point 【動けば変わる】
 point 【豪快な号外】
 point 【今までのような暮らし】
 point 【森の魂 風の塔】
 point 【スローダンス】
 point 【白い森】
 point 【悲しい知らせ】
 point 【千島学説に学ぶ】
 point 【Beyond】
 point 【広島灯籠流し】
 point 【生徒諸君に寄せる】
  【サイコロの未来】
  【絶望に効くクスリ】
   【風になる】
  【まぁだだよ】
  【ほたるのものすごさ】
  【いいモノみっけ】
  【猫語の教科書】
  【廊下で立ってなさい】
  【21世紀第64回目 月の祭り】
  【アーティストが世界を変える】
  【天声人語】
  【自衛隊に入ろう?】
  【とある社内報2】
  【とある社内報1】
  【四方山ばなし】
  【歌舞伎町三者会談】
  【超秘密会議の打ち明け話し】
  【吹雪の中の水虫のうた】
  【イカ焼きとミックスジュース】
  【豊島問題改ざんサイト】
  【chanとまこっちゃんやど〜】
  【古武道とはなんぞや】
  【道後準備会】
  【竹炭名人芸】
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【バウの道中記】2010年12月12日  武蔵野  月笑庵

【山月記に学ぶ】

歩きながら聞いている私のラジオは、最近、音楽から面白いモノへと方向が 変わって来たようです。NHK教育ラジオ(第2)を聞きはじめたのです。

そのきっかけとなったのが、古典講読の『徒然草』やNHK高校講座・現代文 の『山月記』でした。

さて最近の私は、自分の人生を振り返ってつくづくと、情けないと思うこと が増えてきました。確かに、人よりたくさんの経験値を持っているのですが、その経験を細かく自分で観察して行くと、実に腑抜けな自分がいるのです。

あの時はもっと誠実であるべきだった。あの場面ではもっと謙虚にならなけ ればいけなかった。そんな反省ばかりをしているのです。『徒然草』からも『山月記』からも、そのことを学ばされました。

NHK古典講読『耳で聴く、徒然草に学ぶ精神世界』
http://www.nhk.or.jp/r2bunka/koten/index.html

NHK高校講座・現代文『山月記』が試聴ができます。
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/radio/r2_genbun/

始めて『山月記』をラジオで聞いた時は、思わず歩きを止めて、じっくりと 聞き惚れてしまいました(笑)。やはり名作に出会うとうれしいですね!

さっそく文字で読みたくなって、図書館に行って『山月記』を借りて来ました。ところが、この本は残念ながら文字の小さな文庫本だったのと、難しい 文字が多かったので大変でしたが「努力」をして、下に書き写しましたので、時間のあるときに上に案内したサイトの中の講読を聞きながら目を通して下 さると嬉しいです。

それにしても、私も何回も虎になりかけた時期がありました。私の周りにも 何人か虎になって親しい友人まで食いちぎった虎も何人か見てきたので、こ の『山月記』は読み方を少し替えれば、いろんな人の人生を言い当てている ように思ってしまうのです。

私はこの先も虎にはならないでしょう。土にもぐって大地を耕すミミズで十 分だと思いはじめているのです。そうかそうか、冬眠中のクマも似合ってい るかも知れませんネ!では、難しい漢字を飛ばしながら、何度も繰り返して お読みください。もっともっと学習しよう。その数十倍体験もしよう!!!

『山月記』中島 敦著 岩波文庫『山月記・李陵』から抜粋

隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南 尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを 潔しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山、かく略に帰臥し、人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った。

下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死 後百年に遺そうとしたのである。しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を 逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に駆られて来た。この頃からその容貌も 峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに炯々として、曾て進士に登第し た頃の豊頬の美少年の俤は、何処に求めようもない。

数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己の詩業に半ば 絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遥か高位に進み、彼が昔、鈍物と して歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の 儁才李徴の自尊心を如何に傷けたかは、想像に難くない。彼は怏々として楽 しまず、狂悖の性は愈々抑え難くなった。

一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿った時、遂に発狂した。或夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのま ま下にとび下りて、闇の中へ駈出した。彼は二度と戻って来なかった。附近 の山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る 者は、誰もなかった。

翌年、監察御史、陳郡の袁さんという者、勅命を奉じて嶺南に使し、途に商 於の地に宿った。次の朝未だ暗い中に出発しようとしたところ、駅吏が言う ことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでしょうと。袁さんは、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥けて、出発した。

残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎が叢の 中から躍り出た。虎は、あわや袁さんに躍りかかるかと見えたが、忽ち身を 飜して、元の叢に隠れた。

叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟くのが聞えた。
その声に袁さんは聞き憶えがあった。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、李徴子ではないか?」袁さんは李徴と同 年に進士の第に登り、友人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁さんの性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかったためであろう。

叢の中からは、暫く返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かな声が時 々洩れるばかりである。ややあって、低い声が答えた。
「如何にも自分は隴西の李徴である」と。袁さんは恐怖を忘れ、馬から下り て叢に近づき、懐かしげに久闊を叙した。そして、何故叢から出て来ないの かと問うた。

李徴の声が答えて言う。自分は今や異類の身となっている。どうして、おめ おめと故人の前にあさましい姿をさらせようか。かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭の情を起させるに決っているからだ。しかし、今、図らず も故人に遇うことを得て、愧赧の念をも忘れる程に懐かしい。どうか、ほん の暫くでいいから、我が醜悪な今の外形を厭わず、曾て君の友李徴であった この自分と話を交してくれないだろうか。後で考えれば不思議だったが、そ の時、袁さんは、この超自然の怪異を、実に素直に受容れて、少しも怪もう としなかった。彼は部下に命じて行列の進行を停め、自分は叢の傍に立って、見えざる声と対談した。

都の噂、旧友の消息、袁さんが現在の地位、それに対する李徴の祝辞。青年 時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それ等が 語られた後、袁さんは、李徴がどうして今の身となるに至ったかを訊ねた。 草中の声は次のように語った。

今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊った夜のこと、一睡して から、ふと眼を覚ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでいる。声に応じて外 へ出て見ると、声は闇の中から頻りに自分を招く。覚えず、自分は声を追う て走り出した。無我夢中で駈けて行く中に、何時しか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫んで走っていた。何か身体中に力が 充ち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。気が付くと、手 先や肱のあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから、谷川に臨 んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。自分は初め眼を信じなかった。

次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っている ような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。どうしても夢でない と悟らねばならなかった時、自分は茫然とした。そうして懼れた。全く、ど んな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。しかし、何故こんな事にな ったのだろう。分らぬ。

全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。自分は 直ぐに死を想うた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎が駈け過ぎるのを見 た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。再び自分の中の人間が目を覚 ました時、自分の口は兎の血に塗れ、あたりには兎の毛が散らばっていた。
これが虎としての最初の経験であった。

それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還って来る。そういう時には、 曾ての日と同じく、人語も操れれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書の章 句を誦んずることも出来る。その人間の心で、虎としての己の残虐な行のあ とを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい。しかし、その、人間にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。

今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと 気が付いて見たら、己はどうして以前、人間だったのかと考えていた。これ は恐しいことだ。今少し経てば、己の中の人間の心は、獣としての習慣の中 にすっかり埋れて消えて了うだろう。ちょうど、古い宮殿の礎が次第に土砂 に埋没するように。そうすれば、しまいに己は自分の過去を忘れ果て、一匹 の虎として狂い廻り、今日のように途で君と出会っても故人と認めることなく、君を裂き喰うて何の悔も感じないだろう。一体、獣でも人間でも、もと は何か他のものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて 了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。

己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわ せになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく 感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思ってい るだろう! 己が人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分ら ない。誰にも分らない。己と同じ身の上に成った者でなければ。ところで、 そうだ。己がすっかり人間でなくなって了う前に、一つ頼んで置きたいこと がある。袁さんはじめ一行は、息をのんで、叢中の声の語る不思議に聞入っ ていた。声は続けて言う。

他でもない。自分は元来詩人として名を成す積りでいた。しかも、業未だ成 らざるに、この運命に立至った。曾て作るところの詩数百篇、固より、まだ 世に行われておらぬ。遺稿の所在も最早判らなくなっていよう。ところで、 その中、今も尚記誦せるものが数十ある。

これを我が為に伝録して戴きたいのだ。何も、これに仍って一人前の詩人面 をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせて まで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えな いでは、死んでも死に切れないのだ。

袁さんは部下に命じ、筆を執って叢中の声に随って書きとらせた。李徴の声 は叢の中から朗々と響いた。長短凡そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読し て作者の才の非凡を思わせるものばかりである。しかし、袁さんは感嘆しな がらも漠然と次のように感じていた。

成程、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、こ のままでは、第一流の作品となるのには、何処か(非常に微妙な点に於て) 欠けるところがあるのではないか、と。

旧詩を吐き終った李徴の声は、突然調子を変え、自らを嘲るか如くに言った。
羞しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己は、 己の詩集が長安風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがある のだ。岩窟の中に横たわって見る夢にだよ。嗤ってくれ。詩人に成りそこな って虎になった哀れな男を。(袁さんは昔の青年李徴の自嘲癖を思出しながら、哀しく聞いていた。)

そうだ。お笑い草ついでに、今の懐を即席の詩に述べて見ようか。この虎の 中に、まだ、曾ての李徴が生きているしるしに。袁さんは又下吏に命じてこ れを書きとらせた。その詩に言う。

偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵 当時声跡共相高
我為異物蓬茅下 君已乗口気勢豪
此夕渓山対明月 不成長嘯但成口

時に、残月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に暁の近き を告げていた。人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄倖 を嘆じた。李徴の声は再び続ける。

何故こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように 依れば、思い当ることが全然ないでもない。人間であった時、己は努めて人 との交を避けた。人々は己を倨傲だ、尊大だといった。

実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。勿論、曾ての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云わない。 しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。

己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友 と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は 俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊 大な羞恥心との所為である。

己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己 の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによって益々己の内 なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。

人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己 の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、 妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさ わしいものに変えて了ったのだ。

今思えば、全く、己は、己の有っていた僅かばかりの才能を空費して了った 訳だ。人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短 いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するか も知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。己 よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々 たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。

虎と成り果てた今、己は漸くそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸 を灼かれるような悔を感じる。己には最早人間としての生活は出来ない。た とえ、今、己が頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どうい う手段で発表できよう。まして、己の頭は日毎に虎に近づいて行く。

どうすればいいのだ。己の空費された過去は? 己は堪らなくなる。そうい う時、己は、向うの山の頂の巖に上り、空谷に向って吼える。この胸を灼く 悲しみを誰かに訴えたいのだ。

己は昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分って貰えない かと。しかし、獣どもは己の声を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山も 樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に躍 り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。

ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかった ように。己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。漸く四辺の暗 さが薄らいで来た。木の間を伝って、何処からか、暁角が哀しげに響き始めた。

最早、別れを告げねばならぬ。酔わねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ 時が)近づいたから、と、李徴の声が言った。だが、お別れする前にもう一 つ頼みがある。それは我が妻子のことだ。彼等は未だかく略にいる。固より、己の運命に就いては知る筈がない。

君が南から帰ったら、己は既に死んだと彼等に告げて貰えないだろうか。決 して今日のことだけは明かさないで欲しい。厚かましいお願だが、彼等の孤 弱を憐れんで、今後とも道塗に飢凍することのないように計らって戴けるな らば、自分にとって、恩倖、これに過ぎたるは莫い。

言終って、叢中から慟哭の声が聞えた。袁もまた涙を泛べ、欣んで李徴の意 に副いたい旨を答えた。李徴の声はしかし忽ち又先刻の自嘲的な調子に戻って、言った。

本当は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だった なら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にか けているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。

そうして、附加えて言うことに、袁さんが嶺南からの帰途には決してこの途 を通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて故人を認めずに襲いかか るかも知れないから。又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上 ったら、此方を振りかえって見て貰いたい。

自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。勇に誇ろうとしてではない。我が 醜悪な姿を示して、以て、再び此処を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起 させない為であると。袁さんは叢に向って、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上った。叢の中からは、又、堪え得ざるが如き悲 泣の声が洩れた。袁さんも幾度か叢を振返りながら、涙の中に出発した。

一行が丘の上についた時、彼等は、言われた通りに振返って、先程の林間の 草地を眺めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は 見た。虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。

 
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