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バウの道中記 2005年12月19日 宇部
   

【竹炭名人芸】

博多から雪まじりの高速バスで山口県宇部市にやってきた。
この日の朝、長崎の駅前でのんびりコーヒーを飲んでいた時は、まさか関門海峡を越えて、一挙に瀬戸内のここまで移動するとは、私自身考えてもいなかった。

『さてどうしよう?雪でストップしていた高速バスが動きだしたようだ・・・』

『ヨーシ・・・山口か広島まで行ってみようか・・・・・』
私は以前から調べておいた宇部の新野 恵(にいのめぐみ)さんに電話をかけてみた。彼はめずらしく宇部にいてくれた。

新野さんは昨日まで東京で湯川れい子さん関係の会合に出席していたらしく、明日からは岡山の『わら』で竹炭の講習会をやるとのこと。70歳を越えたというのにあいも変わらず忙しく過ごしている彼の間隙に私はうまく入れたようだ。

高速バスはすでに暗くなった宇部中央のバス停に停車した。私は宇部の街は始めてである。中央とあったのでもう少しバスセンターのような立派なビルに降ろされると想像していたのだがさにあらず。どこにでもあるような駅前商店
街の道路際のベンチひとつのバス停に降ろされた。

新野さんはバス停から5分ぐらいの新川の駅で待っていた。
久しぶりである。私が1年で日本100名山を上ると言い出した時、それなら100の山の山頂から四つの方向に竹炭だんごを蒔いてほしいと、重い竹炭だんごを手渡された時以来だろう。しかしあの時の重い竹炭だんごの感触はいまだに私の両肩に突き刺さったままである。特に南アルプスの縦走の時が重かった。

新野さんと始めて出会ったのは、阪神大震災の1.17の日、毎年東公園で開かれる竹筒のキャンドルセレモニーで使われる竹が、セレモニーが終わった後に産廃業者に引き取られて焼却処分されているということを私が知り、何とかしたいと考えたあげく、新野さんをボスとした竹炭職人のグループを探しあてた時だった。

新野さんはこころよく竹炭にすることを承諾してくれて、全国の竹炭職人に連絡をとってくれて、この時は一段落した。

彼はドラム缶を地中に埋めた釜で竹炭を焼く技術を広めてきた張本人である。最近ではてんつくマンと一緒にチャーター機で中国の植林に出向き、砂漠地帯の植林の指南役をやった人物で、嬉しいことに気さくで飾り気のない性格が周りに集まる人たちにいつも楽しさを与えているようだ。

気がつけば、心地よいたくさんの竹炭に囲まれた部屋で、水素、炭素、電子、陰陽、生命論、宇宙の根源と、果てしなく深夜までお互いの話しを聞き合っていた。

いやぁ〜!
こんな人物はなかなかいない! もったいない感じがする。
せっかく同じ時代に生きているんだから、直接彼に会って、ぞんぶんに人生観などを話し合ってもらいたいものだ。
 
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