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バウの道中記 2006年2月11日 月笑庵


【アーティストが世界を変える】

トリノ冬期五輪がはじまった。あまりテレビをまともに見ない私が、この日に限って夜中の4時からこの開会式の中継を見た。

朝の6時半ぐらいだっただろうか、会場の一番奥で繰り広げられていた縦型の黒いスクリーンのステージで、ワイヤーで体を吊るした人たちが、それまでの抽象的な動きから一転して、一つのテーマを明解に分かりやすく、人文字の「ハト」を描き出す場面があった。

黒いスクリーンに描かれた「白いハト」

この絵柄は、今私たちが置かれている時代を見事に描いているかのようだ。この「白いハト」を見て私のココロの中に何かうなずけるものが現れてきて、涙が出そうになって、思わずもう一度深くうなずいた。

世界の人たちも、やはり私と同じ感性なのだ。

その次ぎの場面は驚いた。オノヨーコが突如会場に現れて、メッセージを伝えはじめたからだ。彼女とは今年中にまた何処かで会うことになるだろう。その彼女がトリノに来てたのだ。

この夜の彼女は何かいつもとは違った場所に居るような風変わりの感じであった。いつもはあまりやらない原稿を読みあげながら、メッセージを伝えようとしていたからだ。

本来の彼女はもっとアーティストなのだ。これは彼女がジョンのメッセージをより抵抗無く、より多くの人たちに向けて、ストーンと伝えたいが為にとった方策だからかも知れない・・・・・とあきらめた。

そんな彼女のメッセージの後にピーター・ガブリエルが現れた。わざと最初は何か分からない音から始まって、これもわざと分かりづらい彼の低音の声からはじまって、

いつのまにか、みごとな『イマジン』がはじまっていた。やはり、彼はいつも何かを仕掛けるアーティストである。

ピーター・ガブリエルは『ジェネシス』を生み出したミュージシャンで、このジェネシス時代に、やはり私が好きなアンソニー・フィリップスとかフィル・コリンズとやってきて、その後南アフリカのアパルトの問題から人種差別の問題に入って行き、第三世界の音楽を世界に紹介していった人物だ。

トリノのこの場面にふさわしい歌声を持つピーガブ。
私は涙を流しながら、彼と一緒に歌っていた。

この後、すぐに聖火ランナーが会場に現れて点火の場面と変わって行ったので、やはりこの『イマジン』辺りがこの開会式のクライマックスだったのだろう。

あや〜! 久しぶりの「徹夜っテレ」であった。

『イマジン』が出て来たので、4年前にジョンと会話した時の【バウの道中記】を掘り出すことにした。

2002年12月2日【バウの道中記】から ・・・・・

碓氷バイパスに入ったあたりで、私はジョンを感じ始めていた。この辺りに来るといつもそうなのである。

もうすぐ12月8日がやってくる。
ここまできたんだ。万平ホテルに寄ってみよう。

私は静かにジョンに会いたくなると、いつもここに来るようだ。

軽井沢の通りには人がいなかった。
万平ホテルに向かう夜道は雪で凍っていた。

私の人生の中で、最初に人を本格的に愛したと思えたのがジョンである。彼が凶弾に撃たれたとラジオの第一報を聞いた時、その時も私はここまでやって来た。ホテルの近くのヨーコさんの別荘の軒先で、ひとりで朝まで一夜をあかしたのである。

ジョンは以前の家族とあまり接触できなかった事に、心を痛めていたのであろう。ヨーコさんとの間に、ショーンが生まれ、音楽活動も平和活動もいったんやめ、家政夫のような毎日をおくるようになり、その時期この辺りを毎年のように訪れていたのである。

この別荘の敷地は広く、建物は敷地のまんなかにちょこんと建っていた。私は、あの『イマジン』のピアノのイントロが聞こえてくると、この白いペンキが塗られた建物の中から・・・、といつも思ってしまうのだ。

ジョンは日本の骨董品が好きで、この別荘は毎年膨大な骨董品の倉庫になっていた。

クリスマスの装飾がまばゆく光る音羽の森を過ぎた辺りから、私はジョンに話しかけていた。

ジョンとショーンと私の誕生日の10月9日に、NYタイムズに全面広告が出来たこと。アメリカ政府が『イマジン』の放送自粛をかけた時、日本中に呼びかけて世界と連動させて歌ったこと・・・まるで報告でもしているようである。

万平ホテルのカフェテリアは終わっていた。フロントマンが丁寧にバーでコーヒーをどうぞと案内してくれた。誰もいないバーでコーヒーが出るまでひとりになった。

カウンター席にひとり取り残された私は泣き出した。

淡々とやっているように感じていたのであるが、私は孤独で困っているようなのである。

私はジョンに聞いてみた。
「ジョン!私はこれでいいのかなぁ?」

しばらくして、ジョンの声が聞こえてきた。
「このままで いこう」
 
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