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バウの道中記 2006年1月17日 神戸


【天声人語】

前から探していた、天声人語を見つけ出した。震災から7年目の朝、私が六甲山の山頂で神戸元気村を解散する決意を一人で宣言した時の天声人語だ。

この朝の六甲の山頂は、みぞれまじりの冷たい雨が横殴りに私のほほを厳しくたたいていた。周りにはだれ一人いない真っ暗闇の世界だったのをおぼえている。

私は誰かに叱られているような、冷たい雨に謝まった。
そして山々にも・・・・・神戸の街にも・・・・・
7年間やり尽くしたと思えていたからだ。

朝日新聞《天声人語》2002年1月17日掲載記事から
あのとき、たくさんの命が失われた。多くの人が、たくさんの大切なものを失った。

7年前、震災で炎上する街の映像をテレビで見ながら感じたのは、自分が知っている街が廃虚に化すことへの何ともいえない喪失感、あるいは無力感だった▼

しかし、東京では何事もなかったかのように電車や車が走り、人が行き交っていた。その落差に戸惑いもした。どちらが現実なのか。むしろ、こちらの何事もないかのような日常の方が偽物ではないか。そう感じさえもした▼

実際、廃虚から立ち直っていく人たち、その支援をする人たちの姿を見たり聞いたりして、生きることの原点を教えられたような気がした。

あの日、多くのものが失われたが、あの日から生まれ育ったものもあった。ボランティア活動といわれる多様な支援活動もそれだろう▼

そのひとつ、7年間活動を続けてきた「神戸元気村」がきょう解散する。神戸に単身乗り込んで炊き出しから始めた代表の山田和尚氏は「もう一度ただの50歳のおじさんに戻り、パキスタンへ行ってアフガンの人々への救援物資を運ぶ運転手をしようと思っている」▼

行政ができないことをやってきたという自負はあるだろうが、山田氏にはなお気がかりな点がある。

「自立するのを助ける」。この意識が行政側にもボランティアにもあって「単に困っているだけの」被災者との摩擦を招いたことだ。お互いに自立した人間として接するべきだ、と▼

山田氏は17日早朝、六甲山頂から神戸の街に頭を下げて「お礼」をし、区切りにすると語っていた。
 
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