今回の道中記徳島編はバウさんになりかわりまして、徳島での受け入れをさせてもらったchanが代筆です。
12月2日夕刻、バウさんが徳島にやってきた。
徳島市内の道路上でおちあう。今回バウさんは車だ。ロングボディのワンボックス・カーに積まれた荷物は『戦争中毒』の本だけ。荷台の片隅には毛布を敷いて、簡単なベッドがしつらえられている。ここで寝ながらバウさんはハード・スケジュールな日本縦断キャラバンをやっているのだ。ずいぶんと質素な移動住宅である。
それにしても、アヤシイ車だ。ダッシュボードのうえには流木がバラバラと飾ってある。サイドのウィンドーには色の濃いスモークスクリーンが貼られている。もしバウさんのことを知らなかったら、そんな車から日に焼けたバウさんが降り立ったのを見たら、ベテランのジプシー型貧乏サーファーがやって来たと思ったことだろう。でも、ぼくはバウさんのことを日本でもっとも熱くてアクティブな市民運動家だと知っていたので、固い握手を交わす。
「徳島へようこそ、バウさん!」
さっそく、市内で行われていた『民主主義の学校』の定例会に赴く。10分ほど時間をもらって本と活動の紹介をする。
その日の出席者は30人弱と少なかったが、あれよあれよと70冊が買われていった。chanはずいぶん驚いた。
その日の定例会の議題は、「汚職調査団設置のための100円カンパの進め方について」と「徳島県構造改革推進委員会からの報告」。「戦争中毒」と類似した方向性のものとは言い難い。そんなところにいきなり部外者のバウさんが入っていって「平和運動」の話をするのはいかがなものかという不安がchanにはあったのだが、案ずることはなかった。
皆熱心にバウさんの話に耳を傾け、話が終わるやほとんど全員が本を買ってくれた。4人がサポーター買いしてくれた。
さすが、吉野川の可動堰反対の住民投票運動からはじまって、無党派の大田知事を100%カンパ、100%ボランティアで誕生させた人達である。ほんものを嗅ぎわける臭覚はたいしたものだった。
そしてバウさんはもっとたいしたものだと思った。話した時間は10分もないぐらい。決してスムーズに流暢に語ったわけではない。でも、ちゃんとしっかり伝わった。かたわらで見ていて、それは話の内容がどうのこうのという次元を越えた、なんだかオーラだとかそういうものにさえ思えた。本当にこころから願って熱く行動する人間のヴァイブレーションというのはすごいものなのだなぁと感動した。
翌日12月3日。朝は鳴門市の三ツ石というところでミニ集会。近くにある鳴門教育大関係の若い奥様方が集まってくれた。
バウさんはまず、小さな子供さんのあやしから入って優しく語る。昨日の夜は鳴門の港に停めた車の中で寝たということだが、朝から元気である。そしてここでは「どうかご主人に読んでもらってください」と強調する。そうだ、この運動の目的は『戦争中毒』の売り上げ部数を伸ばすことではなく、読了人数を増やすこと。アメリカの現実を広く認知してもらうことなのだ。教育関係者にはひとまわり力を入れてプッシュなのだ。
集会の前後、ふっと空いた時間にはバウさんは外に出て、近くの工事現場でセメントを練るのをじーっと見つめたり、犬と遊んだりして、『子供』している。力の出し入れが上手な人なのだなぁ。
あたふたと軽い昼食をとって、徳島市内に向け移動。1時から、小池徳島市長と面談である。
市庁舎の表にあるチケットパーキングに車を止めると、バウさんはうちの車の分まで駐車券を買ってくれた。「いいですよ、そんな」と遠慮すると、「アホ、ええんや。ぼくはこの運動に全財産使うことに決めとんや」と返された。「う〜ん、なんとまぁ」である。
市長はずいぶん『政治家な人』だったので、一冊進呈して早々に切り上げる。バウさんのこのあたりの見極めと対応は迅速である。これもパワー温存の秘訣のひとつなのだろう。
その帰り、ちょっとした縁で興味深い話を耳にした。最近市町村の首長のところに自衛隊関係者が来訪することが増えているらしい。港などの施設の使用許可を求める申請なのだが、「日本が他の国と戦争をするということはいまの時代ないだろう。しかし、テロの危険性はある。自衛隊もそのような事態に備えて体制を整えておく必要がある」というような口上であるらしい。彼らは『恐怖』というダイナマイトを使ってトンネルを掘り進めようとしている。そのトンネルが掘り進められて、向こう側まで貫通したときに広がる世界はどんな世界なのだろう。なんとか、向こう側に到達する前に、工事をとめさせなければならない。
7時からは徳島市内のふれあい健康館で『戦争中毒のお話し会』。ゲストに般若院の住職宮崎さん、ギタリストのKeijuを招いて、トーク形式で話を進める。重たいといえば重たいテーマなので、Keijuには途中ギターをBGM的に弾いてもらって、なるべく楽しくなごやかに。宮崎さんは宗教家の立場から、14年間タイで暮らしてきたKeijuは半分外国人の立場から、発言してもらい、ディープな対談となった。『新たなる時代の到来を前に、アンテナを高くあげ、ほんものの情報をより集めたうえで、新たな発信体とならなければ』
ところで、宮崎さんは徳島の『顔』のひとり。FM眉山(79.1MHz)にも番組をもっている。11月30日(土)の放送にはchanもゲストで出してもらって、戦争中毒の話をしてきた。今週土曜日12月7日にも、続きの話をしていく予定なので、徳島周辺の人はぜひエア・チェックを。
会の片づけが終わって、お開きになったのは夜の9時半。バウさんは、そのままつぎの目的地高知へ向かうという。今日一日お付き合いしただけで、こちらはけっこう疲労感を感じているというのに、バウさんはkeep on going。まだ、このまま走り続けるのだ。
ちなみに、夕方の僅かなフリータイムには単身で徳島連合の事務所に赴いて、事務局長と面談し、『戦争中毒』への協力を取り付けてきたりもしていた。まったく、すごい人だ。
では、バウさん、くれぐれもからだに気をつけて、よい旅を続けてください。
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