昨年2002年は24都府県に「戦争中毒」を広めるため走りまわりました。

続けて、残り23道県をまわります。
各地で会合を主催していただける方、手を挙げてください。少人数でも0Kです!

近くの方は、おむすびとみかんとホカロンを持って駆けつけてください。
 
バウの携帯:090−3340−8391
メールは :<open-j@peace2001.org>
11月30日(土)
群馬から愛媛のカイツマミ報告。

【軽井沢】万平ホテル 阿部総支配人
ご本人が留守中だったので、手紙をそえて1冊プレゼント。
文化人たちに広めてほしいものだ(本人が文化人という人にはやめてほしい)。

【清里】萌ぎの村Rock
オーナーの舟木さんが不在のため、支配人に25冊わたす。時間がないため出たが、あとで長男の剛くん(神戸元気村で6カ月活動)からガンバレコール。
近くの人は、買いに行ってください。

【愛知・足助】和尚庵:25冊販売。
世帯主のサットは親友。カミサンの和は元気村で3年も常駐スタッフ。
名古屋の真ん中のギャラリー:this is it に25冊置いてもらうことになる。
名古屋の人は、買いに行ってください。

【久しぶりの神戸】サラシャンティの清水さん
松山に『戦争中毒』を運ぶための、旅行かばんを借りる。おむすびありがとう。

さて、ここからが愛媛です。
持ち込んだ125冊の『戦争中毒』は午前中で完売!!!

今回の松山は贅沢にもタクシーで回りました。

【柳原さん】25冊販売。
彼は松山のその手の中心人物である。その手とはあの手である。
やっている酒屋さんに着いたのが朝の8時前。表にタクシーを待たせて15分。

【松山ユース】50冊販売。
ここの大統領は松山のあの手の代表である。あの手とは、その手である。
知り合いの歯科医師の先生に待合室においてほしいという委託も入れて50冊。

【進級スクール】25冊販売。
松山で一番大きな予備校である。社長不在のため顔見知りの方と交渉。
社員全員(約80人)に読んでもらいたいとお願いした。

【会合】今回、強行スケジュールの中で愛媛に来た当初の目的は、
この会合でかわいい存在になりすまし、『戦争中毒』の売り子をするためである。
しかしすでに愛媛に持ち込んだ125冊のうち、100冊がなくなっていた。
会場に入って感じたのは、硬いシンポジュウム方式。おまけに地元書店がすでにたくさんの本を積み上げていた。私は判断して販売を中止した。
10時から始まる会合で、夕方まで売り子をやるのがしんどいからである。

【愛媛県庁】表に出て考えた。
残り25冊を今後効果的に広めてくれる人に優先させよう。
ここで考えたのが、県庁の自治労である。県庁は土曜日のためお休みであった。
しかし、県庁の組合の人だったら、一人ぐらい居るだろうと思ったからである。

大きな建物の周りをぐるぐるぐるぐる。県の職員とか会社員はいいなぁ〜と頭の中でぼやいていた。給料もらえて、休みも貰えるからである。
私は給料も貰えないし、休み無しなのである。

ぼやき尽くした頃、守衛の人に出会い組合に人が居るのか内線で聞いてもらった。
居ました。電話を変わってもらい、「『戦争中毒』を広めてほしいのです」と言うと会ってくれることになりました。

自治労の事務所は2号館の1階、一番奥という場所にあり、たまたま一人がいたのです。
そこに居たのは、自治労 愛媛県職員労働組合 書記長 中村圭司さん。
この人に会えてよかった。彼はすぐにこちらのサイトをお気に入りにいれてくれ、持っていた大きなサムソナイトの中の残り25冊をかってくれたのです。

それと、もうひとつすごいのは有事法制に反対のデモを以前にやって、この日の午後、2回目の集会を500人規模でやるから、その場でサイトの『戦争中毒』の印刷を クリックしはじめたのです。これで愛媛の500人の人に『戦争中毒』のフライヤーが飛んでいきます。ありがたい。感謝です。
25冊かってもらうと、私の手元に1冊もなくなるので、愛媛新聞の取材用に1冊は戻していただきました。ここで124冊完売!!!お昼の12時前でした。

【愛媛新聞】
私の友人3人に電話して、一緒に行こうといったのですが、結局単独で行くことになりました。アポなし単独。これはなれたもんです。なれさせられました。
自分の街は自分でと何回言ってきたか。私が動いてるのは動く人がいないからです。

まっ、いいか。
愛媛新聞も土曜日なのに、たまたま一人いてくれました。
もちろん、すんなり出会うことになっていたのです。
いい記者です。名前は○○さん。

この1週間以内に記事にしてくれるらしいです。

さて、フェリーに乗るか・・・
え〜〜と。500冊から125冊と51冊を引くと・・・
残り、あと・・・