昨年2002年は24都府県に「戦争中毒」を広めるため走りまわりました。

続けて、残り23道県をまわります。
各地で会合を主催していただける方、手を挙げてください。少人数でも0Kです!

近くの方は、おむすびとみかんとホカロンを持って駆けつけてください。
 
バウの携帯:090−3340−8391
メールは :<open-j@peace2001.org>
01月06日(月)
昨晩寝た場所がよかった。
別府のフェリーのりばの桟橋に車を止めて、夜中コーヒーをたててである。

いつものように係の人が、「元気」に車のボディーをたたいて起こしてくれた。
九州全域の高速道路は雪の為、閉鎖中にかかわらず、別府の空は晴れていた。

海は澄んでいて、ロープウェイの駅が見える山は、綺麗な雪をかぶっていた。

このまま湯布院の見成寺さんに行きたかったのであるが、雪が峠を閉ざしている。
県庁を一回りして、大分合同新聞社をたずねてみた。
大分と言えば、やはり大分合同新聞である。大分一の購読者を抱えているのだ。
本社屋は県庁に近く、20階以上の近代的なビルでひとめ目でわかる。

さて、今年最初の地方紙まわり、またもや、もちろんアポなし単独である。
受付には振袖の女性が二人。やはりまだお正月なのである。
『戦争中毒』の本を見せ、社会部の人に連絡をして下さいとお願いする。

彼女は連絡をとってくれ、
「しばらく、お待ち下さい。社会部部長が降りてまいります」
と可愛い声で伝えてくれた。

なんとラッキー!!!歳初めから、一番エライさんが応対してくれるのである。
まるで、お年玉をもらったみたいである!

ロビーに降りて来られた社会部部長の神足さんは、以外にも私のことをよく知ってくれていた。感謝である。以前から自社の報道を通して覚えていてくれたのである。

また、直接取材を担当してくれた、記者の下川さんも三国のナホトカの時に福井まで来て下さった方で、三国で泊まった民宿の話、その時、現場で見た一週間のいろんな話などで盛り上がって、まるで同窓会のようになってしまったのである。

結局今回の『戦争中毒』の取材の話は少なめであったが・・・
彼のことである大きくやってくれるだろう。

さて、大分から宮崎は何キロぐらいだろうか?
下道ばかりで、かなりあると思ったが・・・

Osyo Bow Yamada