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9月22日湾岸戦争と国際海岸クリーンアップ
雨はすっかり止んでいましたが、風がつめたくて肌寒い朝でした。鎌倉の友人宅から今日のクリーンアップ会場のくげぬま海岸まではほんの15分ぐらいなので、久し振りにゆっくりと朝食を食べられました。彼女の夫はサーファーでサーフライダーファウンデーション(
http://www.surfrider.gr.jp/ja/index.htm
)の理事をしています。女の子が二人いて、赤ちゃんを可愛がってくれるので、昨晩から今日にかけてはゆったり過ごすことができ、大変助かりました。
国際海岸クリーンアップは1990年に、米国の環境団体からの呼び掛けに応えて、私が日本の友人に呼び掛けてはじめたものです。その頃はまだ米銀に勤めていました。活動は至ってシンプルで、
毎年9月の第3日曜日に世界中で一斉に海岸のゴミを拾い、共通のデータカードに拾ったゴミの数を記録します。それを国ごとに集計分析したあと、さらに米国に集めて集計分析して、ゴミが出る原因を探り、元からゴミを減らそうとする試みで、現在世界で75(?)カ国が参加しています。
米国の環境団体 Ocean Conservancy が海岸のゴミ調査始めたときは、米国内だけの活動だったのですが、調査を重ねていく内に海外からの漂着ゴミが多いことが分り、これは世界で同時にやらなくては意味がない、ということで、1990年の夏、私の元にも呼びかけの手紙が舞い込んだのです。
日本でも、美化運動、清掃奉仕活動などは古くから多くの方がやっていらっしゃいますが、世界中の人が同じ思いで同時に地球をきれいにする、という活動に、心がわくわくして、日本でのキャンペーンを始めたのを思い出します。
翌年、1991年が開けると、湾岸戦争が始まりました。中東の原油をめぐって、多数の犠牲者と環境破壊がもたされました。あのときも、環境団体が中心になってPANというネットワークを作り、平和的解決を求める活動に参加しましたが、今回程の危機感はありませんでした。ただ原油でどろどろになった海に心が痛み、少しでも海をきれいにしたいという思いで友人二人と「JEAN(クリーンアップ全国事務局)」を立ち上げました。そのときは、事務局体制もなにもなく、3人ともそれぞれ他に仕事をやりながらのボランティア活動でした。どこにも資金のアテがなかったので、一人が100万円ずつ出資して、JEAN通信というニュースレターを出したり、関係省庁や企業にも呼び掛ける活動を始めました。
有毒ガスの出ない炭酸カルシウムのゴミ袋を10万枚作って、私たちのメッセージ「地球を美しい平和な星に」を刷り、ポスターも作り、全国に呼び掛け奔走していた頃がなつかしいです。
11年たった現在では、日本中にその活動が広がりましたが、クリーンアップ全国事務局が湾岸戦争をきっかけに結成されたことを知っている人は、殆どいません。私はこの活動の言い出しっぺではありますが、現在では当日の受付を手伝うぐらいで、普段は殆ど何もしていません。でも今日はクリーンアップの開会式のときに、今回のテロ事件で亡くなった方々に黙とうを捧げる時間を持たせてもらいました。
元気はつらつと、朝早くからゴミ拾いに集まってくれたみんなには、全く予期してない話だったのか、ちょっと面喰らっていたようです。
海をきれいにしたい、海が好き、という思いだけで集まった人たちのテロ事件に関する思いや意見は、百人百様でしょう。早くごみ拾いをしたくてうずうずしている沢山の大人や子どもたちに、私の思いはどれほど届いたでしょうか。でも一瞬だけ静かな時間を持つことで、波の音が聞こえてきて、私の鼓動と波のリズムがシンクロしているのを感じました。その瞬間、私は大丈夫、と感じ
> ました。みなさんも、胸がざわざわして不安なときは、海でも森でも、どこか自然の中に入って、静かに呼吸をするといいですよ。きっと大きな安心感を感じることでしょう。
ゴミ拾いが終わって、次の移動先に向うために最後の片づけをみんなにまかせて帰ろうとすると、JEANの共同代表をしている小島あずささんが、私の手に小さな紙包を持たせてくれました。空港に向う車の中で包みを開けると、中には3万円の現金と、こんな手紙が入っていました。
「ゆみさんへ 今このたいへん厳しい状況の中で真の平和への道は途方もなく遠いかもしれません。私たちにできることは、ほんとうにちっぽけかもしれない。だけど、あきらめないで、続けよう、と私も思っています。いつもこんな形でしかできなくて、心苦しいのですが、心ばかりのカンパです。オープンジャパンへの口座へは別に振り込みをしますので、これはゆみさんが動き回る費用の足しにして下さい。 愛をこめて AZUSA」
いつも余り深く考えずに行動に移してしまう私は、周りの人たちを心配させ、ヒヤヒヤさせています。そんな私ともう10年以上一緒に仕事をしてきた彼女には、どれだけ迷惑をかけたか知りません。
ありがたくて、ありがたくて、涙がこぼれてしかたありませんでした。
テロ事件の直後、Y2Kのとき一緒に活動した知人に電話をして、何か一緒にやろうと誘おうとしたときのことです。最近どうしてますか、という一通りの挨拶の後、今回の事件についてどう思われますか、と聞くと、「ゆみちゃん、テロは絶対許されない、あれだけのことをしてしまったからには、軍事報復も仕方ないでしょう」と、その方は淡々と言われました。
彼の感覚はとても常識的なんでしょうが、少しショックでした。戦争以上の環境
破壊はないのに・・・。米議会で承認された4兆円もの予算のうち、どれぐらいが武器に使われるかわかりませんが、今すでに環境的にぎりぎりのところでバランスを保っている地球にどのような影響をもたらすか、想像を絶します。環境派の彼でさえこのような意見だとしたら、普通の日本人はいったいどのように思っているのでしょうか。
小泉首相が圧倒的な支持率を誇っているときも、私は何かぞっとするものを感じましたが、環境派を自称し、沢山の環境ビジネスを起している彼との会話には、もっと打ちのめされました。
もちろんテロは許されません。でも戦争こそ最大のテロではないでしょうか。環境意識が高く影響力の強いこの方に、報復は仕方ない、といわれたときは、暗たんたる思いになりました。
私って、やっぱり少数派なのかなあ。
地球に起こるあらゆることは私たちの集合意識が具現化したもの、といわれま
す。平和を望む人のパワーが戦争を望む人のそれに勝らない限り、今回もまた湾岸戦争のときと同じように、いやもっと大規模長期化した戦争が起こってしまう可能性があります。
どうしたらいいんだろう。
明確な答えはありません。ただできることを、できる範囲でやるだけです。
今日は、大阪の心斎橋にある「若松」に泊ります。
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