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メールニュース『Open-J BOOMERANG』バックナンバー:2002年1月発行分一覧

事務局がお届けしているメールニュースのバックナンバーです。
配信のお申し込みの場合はこちら配信の停止をご希望される場合はこちら まで、
メール本文に配信/停止を希望されるメールアドレスをご記入の上、送信してください。
2002年1月には、以下のメールニュースが配信されました。
(上のものほど新しくなっています)
Vol.140 : ハワイでアロハ・ピースフェスティバルに参加 (01/29)
Vol.139 : 静かに 着実に しんしんと (01/27)
Vol.138 : 同じ目線の素朴なメール (01/25)
Vol.137 : パールハーバーへ虹の橋 (01/20)
Vol.136 : 天声人語に載りました (01/17)
Vol.135 : アラン・ポーグ氏緊急来日報告 (01/15)
Vol.134 : みんなありがとう!神戸元気村は1月17日解散します (01/14)
Vol.133 : 峠の会合・いのちの祭り (01/07)
Vol.132 : 『アフガニスタン市民生活の実情』のお知らせ (01/06)
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Open-J Vol.140 : ハワイでアロハ・ピースフェスティバルに参加 (01/29)

昨日1月26日は、ワイキキのカピオラニパークで行われた「アロハピースフェスティ
バル」で話をさせてもらう機会がありました。このフェスティバルを知ったのは、ほ
んの1週間前にカウアイ島の友人がメールで教えてくれたからです。オーガナイザー
はホノルルにある「シーズン・フォー・ピース&ノンバイオレンス」というグループ。
ハワイではオアフ島、カウアイ島、マウイ島の3つの島に委員会があり、ユニティー・
チャーチ(といってもクリスチャンの教会ではなく、新しい思想を教える教会。バイ
ブル以外に、他の宗教やニューエイジの書物も使う)が事務局になっています。「シー
ズンフォーピース」は米国本土で9年前に提唱され、キング牧師が暗殺された1月2
6日からマハトマ・ガンジーが暗殺された4月4日までの64日間を「平和と非暴力
の季節(期間)」と名づけて、様々な活動をしています。ここハワイでは、アロハピー
スフェスティバルに始まり、最後のアロハ・ピースメーカー賞の発表まで、実に様々
なイベントが予定されています。詳しくは<www.seasonforpeace.com>

ハワイでちょうど平和のイベントが行われているなんて、ラッキー、と早速オア
フ委員会のシェリルさんに電話をして、簡単な自己紹介をしたあと、グローバル
ピースキャンペーンについて伝えました。シェリルはGPCに大変共感し、私が今
ハワイにいることをとても喜んでくれました。翌日には、この企画の中心人物の
二人が私を訪ねてきてくれて、フェスティバルで話をしてくれないか、と言われ
ました。イベント直前の忙しいスケジュールの中、話が弾んで、様々な意見を交
換しました。今後も連絡を取り合い、協力していくことで合意し、別れました。

26日正午、フェスティバルはネイティブハワイアンの祈りの儀式で始まり、主
催者代表のマリー・ガブリエルソンの挨拶に続いて、素晴らしい歌唱力のアニ
タ・ホールさんが歌いました。最初の歌が「God Bless America」だったので
ちょっとびっくりしましたが、「対テロ戦争中」のアメリカでは無理もないこと
なのかもしれません。ベトナム戦争の時に反対した人々も、今回は「アメリカ政
府は正しいことをやっている、テロに対しては自衛では守りきれないことが9月
11日の事件であきらかになったので、先に見つけてやっつけるしかない」とい
う考えが大半です。もちろん、戦争に反対している人もいるのですが、声はとて
も小さいです。そんなことを言うことさえ許されない雰囲気が、ここにはあるの
です。

12人のスピーチと8組の踊りや音楽のパフォーマンスがありましたが、私以外
のスピーカーは対テロ戦争に関してはノーコメント。ハワイという場所柄(軍事
施設と軍関係者が多い)、とくに配慮をしているのかもしれませんが、みんなが
そのことには触れないようにしているのが、よくわかりました。果たして、そん
な雰囲気と観客の中で、グローバルピースキャンペーンについて、どう伝えるべ
きか迷いながら、他のスピーカーたちが、家庭内暴力や子供の虐待、無条件の愛
などについて話すのを聞いていました。

何を話すべきか決まらないまま、私の番が回ってきてしまいました。与えられた
時間は10分間。深呼吸をして、「私を平和の道具として最も効果的に使ってく
ださい」とハワイの大自然と神々祈りながら、ステージに上がりました。それま
でドキドキしていたのですが、マイクの前に立ってみんなの顔を見渡した瞬間
に、すっと静かな気持ちになりました。

まず自分がどこからきて、何をしているか、どんな仕事をしてきたか、簡単な自
己紹介をしました。次になぜ自分が今回アメリカとイギリスを旅をしているか、
グローバルピースキャンペーンがどのように始まり、どんなことをしてきたか、
NTタイムズとLAタイムズなどの意見広告を中心に話しました。そして今も継続し
ている米国の「対テロ戦争」について、たとえ自由と正義のためでも、よその国
で爆弾を落として無実の人を巻き添えにしている限りテロはなくならないこと、
アメリカのメディアが流す情報はアメリカ政府に都合のいいことしか流してない
こと、都合の悪いことも知る必要があること、情報が偏っていると判断や選択を
誤ること、少なくとも3767人のアフガニスタン市民が米国の爆撃で殺された
ことは英国では報道されたが、アメリカでは報道されていないこと、などを伝え
ました。

さらにフランク・ドリル編集のビデオ「私がアメリカの外交政策について学んだ
こと」とジョエル・アンドレアスのまんが本「戦争中毒」(これはデータがしっ
かりしている上、子供でも分かるのでお勧め)、チャルマーズジョンソンの「ブ
ローバック」は必見・必読と紹介しました。ここで残り時間2分のサインが出て
しまったので、「100人の地球村」のメッセージをシェアした後、「たとえ平
和のためでも戦っていては平和はやってこない、Let's work together, not
fight together(一緒に仕事しよう、戦うんじゃなくって)。話をする機会を与
えてくれ てありがとう」と言ってスピーチを終えました。

沢山のスピーカーの中で、こんな話をしたのは私だけでしたが、スピーチの途中
で何度も拍手があがったので、思い切って「タブー」に触れてよかったです。何
も用意せず、ぶっつけ本番でしたが、終わった後に何人もが「ありがとう。」
「よくぞ言ってくれた」と話しかけてくれました。そして持っていった「戦争中
毒」の漫画10冊とアメリカ外交政策の真実を語ったビデオ6本が売れました。
(欲しい方は私に個人メールを下さい。漫画は5ドル、ビデオは10ドルプラス
送料がそれぞれ10ドル程度)

英語での講演は、日本語のようにすらすらはいかないので緊張しました。でも今
のアメリカでこんなことが言えるのも、外国人の特権かもしれないので、正直な
思いを話しました。

この講演の数日前に、友人の夫に「アメリカは軍事攻撃よりもっとましな方法が
あるのでは」と言ったら、突然怒り出し、猛反発をくらってしまいました。「ア
フガニスタンでは一般人も沢山犠牲になっている」というと、そんなことは聞い
たことがない、とも言われました。彼らは知らされてないのですから、無理もあ
りません。

誰もが平和を望んでいます。でも平和にいたる道が、それぞれ違うのでしょう
か。私自身は今この一歩が平和でない限り、平和に至らない、と思います。どん
な大義名分があっても、人を殺しながら平和な世界ができるとは思えません。し
かし友人の夫は、アメリカの軍事力がなかったら、この世界はめちゃくちゃに
なっている、軍事力によって自由と民主主義が守られているのだ、そのためにア
メリカ人は沢山のお金を使い、世界中の人々を守り助けている、と心から信じて
いました。また自分が働いて納めた税金が海外援助に使われるのは腹立たしい、
とも言っていました。町じゅうに国旗がはためき、「アメリカ人であることを誇
りに思う(Proud to be American)」の文字が目につくわけです。

「爆弾でテロを根絶できると本当に思いますか?」と聞きましたが、答えは返っ
てきませんでした。ランチに招かれた席上だったので、私はふさわしくない話を
して悪かった、と謝罪し、すぐに話題を変えましたが、友人の夫はついにランチ
の席に着きませんでした。

私は彼との会話を通して、また一つ新たなことを学びました。私自身が相手をあ
るがままに受け入れる度量がないうちは、冷静に話し合えないし、平和も創れな
い、ということです。彼が今の考えに至ったのには、それ相応の経験、理由、環
境があるでしょう。それを否定したつもりはないのですが、私の側にもう少し配
慮と余裕があれば、彼をあれほど怒らせることはなかっただろう、と思います。

アメリカ人は、次はいつどこで誰がどのようにテロ攻撃されるか、とても怯えて
います。個人的には平和を望んでいても、それを公言することは、今のアメリカ
ではとても勇気がいる、というのが、依然として現実です。

アメリカ政府(とメディアにコントロールされている殆どの人)の常識は、世界
の大多数(第三世界の人々)が直面している現実を反映していません。先進国の
中でもイギリス人とアメリカ人が持っている情報には大きな乖離があります。ア
メリカ人自身は平和のために大変な犠牲を払っている、自分たちは世界の平和と
公正のために戦っており、アメリカ以外に世界のリーダーなりうる国はない、と
信じています。一方、世界の大多数は、アメリカがあちこちで爆弾を落とした
り、CIAを使って工作することに対して、もういいかげんにしてよ、と言ってい
ます。主要メディアが、第三世界の(権力者ではなく人々の)声を報道するこ
とは殆どありません。「言論の自由」はあるのですが、真実を報道することが自
国の利益に反する場合は、真実が隠されてしまうことが、今のアメリカメディア
の現実です。そのことをよく知って、アメリカの新聞を読み、CNNやABCを見なく
てはいけません。

「ちょっとでも反戦的なことをいうと、反国家的、テロの味方のレッテルを貼ら
れるので、黙っているしかないの」と環境ロビーストの友人・ダナがうんざりし
た顔で言っていました。多くの人が平和を望みながらも沈黙している、そして平
和活動家が孤立し先鋭的になっていき、権力側は彼らに反逆者のレッテルを貼
り、場合によっては取り調べ、拘束していく・・・。戦前の日本がこんな感じ
だったのでは、と想像します。

私の役目は、世界中の平和活動家をつなぐこと、孤立して先鋭化させないこと、
平和を望んでいる大多数の一般市民が安心して表現し、発言できるような機会を
どんどん作ること。コネクターのような、オーガナイザーのような・・。ネット
ワーキングとコラボレーションをひたすら毎日やっています。手ごたえはありま
す。私は今しばらくアメリカにとどまったほうが、より効果的な仕事ができるよ
うに感じています。

きくちゆみ ハワイ・オアフ島にて

(署名部分省略)
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Open-J Vol.139 : 静かに 着実に しんしんと (01/27)

ハワイにはいった、きくちゆみさんからのメールがもうすぐ届く予定です。届きまし
たらすぐに配信いたしますので、おたのしみに。

また、アフガントラストの準備も着々と進みはじめました。近々アップいたします。



●こっちにおいで 3つのおしらせ●


【Be Good Cafe Osaka Vol.5】
素敵ないいことを始めよう

Be Good Cafe Osaka もいよいよ五回目。
今回は会場を移動し、心斎橋そごう跡地で(1/26〜2/3)実施される、

『あきない百稼店』で行います。

テーマは、『大阪オープンカルチャー 発進!』。
大阪をもっと楽しくオープンな街にするために、ミュージシャンやアーティ
ストがたくさん集まります。
元気でオシャレな大阪にあなたもご参加ください!



地球環境にも、ヒトの心にもピースな世界を創るには、
どうすればいいのでしょうか。
みんなで、いっしょに考えてみませんか?

テーマ『大阪オープンカルチャー 発進!』
ゲスト :宗像健(パタゴニア大阪スタッフ)
     廣内謙(大阪メチャハピー祭踊り子委員長・
     NPO法人OHP−大阪をメチャハピーにするプロジェクトーメンバー)

2002年2月2日(土) 11:00-19:00
11:00-13:30 DJ MUNE
13:30-13:45 中島光一 (LIVE)
13:45-14:00 MAMU (LIVE)
14:00-14:15 レイ坊 (LIVE)
14:15-16:00 DJ SPREW (HBP)
16:00-16:30 CATCH PULSE (LIVE)
16:30-17:00 East End Rainbow Family Band (LIVE)
17:00-18:00 DJ SPREW (HBP)
18:00-19:00 岡野弘幹With天空オーケストラ (LIVE)

2002年2月3日(日) 11:00-17:00
11:00-12:30 DJ MUNE + DJ SPREW (HBP)
12:30-13:10 Live ハマナ (African Percussion Group)
13:15-13:45 NPOメッセージ
      ◆グローバルピースキャンペーン
      ◆OPEN JAPAN
      ◆映画『TibetTibet』(映画紹介)
14:00-16:00 ビーグッド TALK
      ◆宗像健さん
      ◆廣内謙さん
      ◇大阪メチャハピー祭メンバーによるパフォーマンス〈龍の踊り〉

16:00-16:15 NPOメッセージ
      ◆ペシャワール会

16:15-17:00 サロンタイム


★MONEY 4 GREEN★
      トレンドのファッション衣料を80%オフで販売し、
      地球環境保護活動を行なっているNPOに直接寄付。
      その他各地から集まったセレクトショップもオープン。

■会場■
      大阪心斎橋そごう1F『あきない百稼店』アニエス跡地
      大阪市中央区心斎橋筋1-8-3
      お問合せ TEL 06-6944-6943
      http://www.osaka.cci.or.jp/Seminar_Event/akinai/

★料金/FREE
★Be Good Cafe Osaka お問合せ/090-5067-0766
      osaka@begoodcafe.com
<msn://@mail.mar@/compose.htm?NW=true&mailto:osaka@begoodcafe.com>


Be Good  Cafe は、地球環境と人の心にピースなことを語り合うために、
1999年1月より東京では毎月、2000年10月より京都、2001年6月より大阪で
隔月開催されているトークイベントです。


プロデュース  :シキタ純、石古暢良、岡野弘幹
ディレクター  :川中直樹、貴瀬修、中山香、田中あきこ
司会      :シキタ純、田中あきこ
VJ       :平松邦章
音響      :アンビエンス(岡野弘幹・中島光一)
主催      :BeGood Cafe Osaka
特別協力   :アメリカ村の会、エコ&ミュージック実行委員会、CAFERODEO、

         陶芸工房ウラレ、オーガニックカフェ穴、LittleEagle、
Reincanation、
         NEONEO、オーガニックカフェ&ギャラリーあっけらかん庵、

         料理旅館かまくら、パン工房まさる、HIDE 190、

         DAVE BOWMAN'S CAFE

スタッフ   :別所利一、井上裕香、浅井奈緒子、釜中久美子、古谷高治、小林周
介、

         米村さやか、塩山陽子、田村幸恵、吉田智子、水津高光
ホームページ :http://begoodcafe.com/

Peace!     Thanks for no smoking
**********************************************
Help URL   : http://help.egroups.co.jp/
Group URL  : http://www.egroups.co.jp/group/begoodcafeosaka/
Group Owner: mailto:begoodcafeosaka-owner@egroups.co.jp
<msn://@mail.mar@/compose.htm?NW=true&mailto:begoodcafeosaka-owner@egroups.co.jp>




【通信号外---島田啓介より】
21世紀を歌う希望の歌たち42曲---「OPEN TUNE」発売
=======================================================
ロック、ブルース、ジャズ、フォーク、環境音楽、宇宙音楽? あらゆるジャンル
42組のミュージシャンによる、21世紀への新しい歌満載。

20年近くも活動している<チナ・キャッツ>のヴォーカリスト、オハルこと村岡雄治
プロデュースの3枚組CDアルバムがついにできました。

参加しているのは彼が個人的に声をかけたプロ、アマ取り混ぜての42組。
ぼくも彼の友人のひとりとして一曲歌っています。

入っているのは、山根麻衣、ひのこバンド、中山ラビ、南正人、チナ・キャッツ、朴
保、天空オーケストラなどなど、全国のお祭りやライブハウスでおなじみの面々。

有名無名それぞれあるけれど、みなこの記念碑的アルバムのために全力投球して、非
常に中身の濃い仕上がりになりました。

ぼくにとっても自分の一曲(We are the Walkers/島田啓介with広島Peace Walkers)
は思い出深いもので、2000年冬に東京から広島まで原爆の火を携えて歩くピース・
ウォークに参加し、終了後におもに外国からのゲストとともに渋谷のスタジオにこもっ
て録音したものです。


演奏は音楽的には単純なんですけど、ウォークの熱とスピリットのこもったものに
なったのでは、と思っています。お聴き下されば幸い。

きっとあちこちで販売していると思うのですが、ぼくも仕入れました。
3枚組みで3500円。消費税送料はいりません。

メールなどで言ってくだされば(住所を書いてくださいね)、
振り込み用紙とともにすぐに郵送します。

ぼくはすっかり気に入ってしまい、ほとんど毎日かけっぱなしです。
曲ばかりではなく歌にこもったメッセージがすごくポジティブで、
くつろぎと元気が一緒に盛り上がってくるような感じかな。

きっとお気に入りの歌/演奏が沢山見つかると思います。



【情報・転載歓迎】
  月刊「人間家族」の2002年1月号(通算319号)が決まりましたので、お知らせ
します。

【1月号からの抜粋】
  世界は、イエスかノーかという人間の思考で作り上げたものでは決してない。
  それは、多様な可能性を含み、多次元的な動き、呼吸をしている。
  広葉樹の森のような豊かな世界そのものだ。――カキ・パーシモン

  戦争とグローバリゼーションにひた走る唯一の超大国アメリカが癒されないには、
  世界もまた癒されません。
  願わくば、「ピースウォークin USA」を通じて、一人でも多くの人たちの心に
  「平和の火」が灯りますように。――河内聡雄

  神が意志して選んだ仕事であるなら、人はそれを行う道具だ。
  ただ良き道具として働こうと思う時、背負うことから委ねることへと、努力の方
  向が変わっていく。
  自分が主体なのではなく、何かの一部として「使われていこう」とする時、
  色々な物思いから解放されて、
  自分が身一つで現場に入っていく生命力が発揮されてくる。――島田啓介

【1月号・目次】
    平和への連らなりを――国会の内外と国境を越えた動き
  バーバラ・リー米下院議員会見記/「グローバル・ピースウォーク」
  日本〜ハワイ〜アメリカ

  ▼亀の島の住民たち 8   交感する世界 カキ・パーシモン P6

  ▼平和への連らなりを――国会の内外と国境を越えた動きアメリカ・パークレー
   市議会、バーバラ・リー下院議員会見とその後 北川れん子 P11

   たった一人の反対者――『非戦』より バーバラ・リー P17

    「グローバル・ピースウォーク」日本〜ハワイ 河内 聡雄 P22

   広島原爆の火をアメリカへと運ぶ 島田 啓介 P31

   「グローバル・ピースキャンペーン」3767名の「コラテラルダメージ」
   きくち ゆみ P36

    「平和省」をつくろう――「力の論理」から「愛の論理」へ 伊藤 隆二 P39

  ▼原子力発電
   おそまつ!!  原子力安全「不安院」!?浜岡原発ダブル事故にあきれた対応
   東井 怜 P48
   原発震災――止めらるのは原発 東京電力と共に脱原発をめざす会 P51
   マクドナルドとプルサーマル計画の広告 スティーブン・レディ P54

  ▼もうひとつの教育
   南上小学校2年生の体験学習「スマイルンルン探検隊」7
     収穫の喜びを得るまでには――田んぼでの体験を通して 高橋美智子 P59

  ▼インフォメーション
   〈シャマーレ・アフガニスタン〉プロジェクト:P2
   田島征三個展「森のカーニバル」:P66
   秋野亥左牟個展「幻想のリアリティ」:P66
   ハーベスト・ムーン・ライブ7  ひなまつりコンサート:P66
   スダルシャン・クリヤ呼吸法ワークショップ:P67
   読者の声:P67



■A5判・70P 本体価格\500+税\25+送料\76=\601  本誌は一般書店には流通していま
  せん。下記までメールまたはFaxでお申し込み下さい。
--
大築 準 <ningenkz@mail.wbs.ne.jp>
  スタジオ・リーフ 415-0321  静岡県賀茂郡南伊豆町毛倉野636-3
 人間家族編集室    T.0558-62-4533  F.4534

(署名部分省略)
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Open-J Vol.138 : 同じ目線の素朴なメール (01/25)

●事務局に届いたメールから●


一日に何通ものメールが来て、処理にくろうされておられること、
承知でメールいたします。つまらない内容でごめんなさい。
お返事は必要ありませんので。
お時間を割いて読んでいただけるだけで十分です。


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わたしは、こうした平和運動のサイトを見るたびいつも同じギモンを感じつづけてき
ました。

それは、「世の中の人は、本当に想像しただけでは他人の苦しみがわからないのだろ
うか」ということです。

理由もなく(テロ関係者でない方にとってはそうでしょう)空爆されて、お店もやっ
てない、電気もつかない、食べ物もない、寒い…そんな状態は、想像するだけでカン
タンです。

「いやだ。助けて」その一言に尽きると思います。

だからわたしは、平和のために何かするのは当たり前だ。
暴力を憎むのは当たり前だ。愛を行うのは当然だ。
余っていたら、あげるのが本当だ。と生まれた時からずっと、考えてきました。

その考えを普通にもっているものから見ると、
どの平和運動にも、不思議でならないことがあるのです。
それは、「実際に見てみるとショックだった」「今はじめて平和の大切さを知った」
「体験したからこそ、わかる」というメッセージに満ちていることです。


平和の運動はすばらしい…
でもどうして、今まで気づかないでいられたのでしょう?

毎日、そこに貧困や苦しみがあるのに?

日本にも親のない子供、貧しい人たち、災害に苦しむ人、たくさんおられます。

その中の、大きな流れは注目に値します。たとえば事故、劇的闘病、災害、犯罪被害
でも、小さな流れの苦しみはどうでしょう。

肉親の借金、病死、生まれつきの孤児…
そういった人たちの苦痛と悲しみは、誰が癒すというのでしょう…。

気づくこともしてもらえないままで。大きな苦しみに見舞われたとき、
人々が大きな気づきを迎えるのは美しいことです。

でもわたしはギモンに思わずにはいられません。アフガニスタンで空爆されず、
神戸で震災にも遭わず、ただ生まれた時から、自分でもわからないままに貧しかった
り、孤児院にいた子供たち。

そのために世の中に出てくるチャンスが少なく、声の小さな人たち。

なぜ彼らを助けるべき流れが、世の中には少ないのかと。


わたしたちが他人の苦しみを知るには想像力しかありません。

もしブッシュ大統領が、アフガンの被災者の方たちの苦しみを
カンペキにリアルに想像できていたら…
空爆という決断をとったでしょうか。
でもそれをなじる権利も、わたしたちにはない。

なぜならわたしたちはみなおなじ。自分以外の人になら、
無意識に毎日、平気でバクダンを落としているからです。
(家族割引とか、お父さんお母さんと一緒に、あるいはお子さんと一緒にという記事
は…ある種の状態の人たちにとって、バクダン以外の何ものでもありません)


わたしたちは、なぜ、隣にいる誰かの気持ちを、想像できないのでしょう?

わたしは、平和にとってもっとも大切なのは、体験でもなんでもなく、
想像する力だと思います。
体験して気づいても遅いのです。対岸の火事ではないぞ!
という言葉そのものが、すでに他人事なのです。
(このメッセージは、「来たらコワイぞ!」という意味ですもの)

何も知らないくせに、こんなことを書いてごめんなさい。
でもいつか、どなたかに話したかった…
表立って活動していない人の中には、
「活動することが当たり前」で、いつでもどんなときでも、許す限りの援助を
誰かに行っている人もいるのだということを。

そしてもしできうるなら、みんなにそうでいてほしい。人をつねるときには、
つねられたときのことを思い、想像してほしい。
じっと目を閉じて、自分がそうだったら、と想像してほしい。

自分以外の人々の不幸をイマジンして涙する。
だからこそ、人々の幸せもイマジンできるのではないでしょうか。

今、目立ったイタイ場所を直すだけでは、人間の身体は治りません。
病気の根のすべてを、いつでも思いやる心が必要なのです。

これがわたしの考える、平和への近道です。そして本来ならおそらく…
当たり前のことです。
(わたしは両親にそう習って育ちました。)

でも誤解しないでいただきたいのは、わたしがこうしたことを書いたのも、
みなさまの活動にエゴが感じられず、本当にすがすがしく思ったからです。

気づいていることに欺瞞を持ったり、気づいていない人々を敵視したり、
無理やりに鼓舞したりしていなかったからです。
(人を思いやれない心ほど、悲しい心はありません。叱咤激励するよりも、
その人の心がどんなに悲しいのか、想像してみるべきだと思う。)

他人や世界を変えようとせず、自らが変わっていこうとする…
皆さまのそんな心に、わたしは敬意を表します。

もしかして理解していただけるかな、と思って、はじめてこんなことを書いたのです。
そして皆さまのような方たちに対して、なんというか…

「あなたたちのようなすばらしい存在を知っていながら、何もしないわけではないの
だ…」と知ってほしかったのかもしれません。
(毎月の援助金でわたしのつましい家計はすでにパンク状態なのです…笑)

わたしたちの幸福と世界の平和は一つです。

平和とやさしさを愛する心は、どんなに離れていても一つです。

おそらく、戦い、互いを傷つけている人の中にも、きっと平和と愛があると信じてお
ります。

どうぞみなさま、お体にお気をつけて。
みなさまの激務を想像し、健康を心からお祈り申し上げております。


**********************************************************************

(署名部分省略)
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Open-J Vol.137 : パールハーバーへ虹の橋 (01/20)

●虹の祭りギャザリング・グローバルピース・セレモニー●

−以下、天空オーケストラの岡野弘幹氏の報告です−


大変遅くなりました。ハワイパールハーバーでのセレモニーの報告をさせて頂きます。

当初、今のアメリカの情勢を考えアメリカに無事、平和の火が届き、ピースウォーク、
ハワイパールハーバーのギャザリングが無事に済むまでことはあまりメディアで取り
上げてもらわないように進めておりました。

そのようなわけでメールへの情報も控えておりました。御理解下さい。
お陰さまで1月15日、アメリカのピースウォークがシアトルから平和の火を携えて
出発いたしました。

ウォークの詳しい情報は下記まで
http://www.dharmawalk.org/
http://msnhomepages.talkcity.com/SupportSt/rusami/gppjp.htm



虹の祭ギャザリング ハワイ 【GlobalPeace Ceremony】

新しいミレニアムはより良い世界への希望を運んできました。
ネイティブ・アメリカンの予言者、ケツァルコアトルは、これは神聖な母なる地球の
上を自由の鷲が飛び回る、新しいサイクルの始まりだと言います。
しかし今世界は暗闇に向かおうとしています。

2001年12月7日、(日本時間で12/8)太平洋の中心に浮かぶ美しいハワイ、
オアフ島パールハーバーUSSアリゾナ記念碑前で、そして、午後、パールハーバー
の見えるネイティブの聖なる場所ケアウ テンプル「米軍がパールハーバーの軍港を
作る礎石を搾取し破壊した聖なる場所」で平和を願う人々が世界平和への願いをこめ
てグローバルピースセレモニーが行われました。

このセレモニーの会場に、この場所に選んだ理由は、真珠湾攻撃が行われた悲劇的な
日を意識し、世界的な平和の必要性を確認し、戦争という許されるべからず行為は二
度と繰り返してはならないと思うからです。

また12月7日という日は、他にも文化的な重要性がある日でもあります。インドで
釈迦が悟りを開いた日であり、良き友、ジョン・レノンがニューヨークで殺害された
日であり、また聖母被昇天を尊ぶ日でもあります。

そしてこの時期、『広島平和の火』がアメリカ本土のピースウォークの為、ホノルル
を経由し本土に向かうことになり、セレモニーで点させて頂くことになりました。


『広島平和の火』は11月24日にオープンジャパンの山田和尚の協力を得て、神戸
港を貨物船で発ち12月3日にホノルルに到着しました。そこで火を頂き私達は12
月7日のセレモニーまで火のお世話をさせて頂きました。

その後その火は再び貨物船でホノルルを発ちメキシコに向かい12/12日にメキシ
コ、マンザニーロにて昨年の広島ウォークのウォーカーである島田ケイスケ氏と地元
メキシコ人たちに迎えられ多くの人々の協力によってアメリカ本土に入り、1月15
日よりアメリカインデアンのトムダスト氏や日本山妙法寺の僧侶によってアメリカの
平和行進で運ばれ原子爆弾の生まれ故郷アメリカ、アリゾナのナボホ、ホピの聖地の
土に帰されることになります。

12/2〜12/8まで日本山妙法寺の数名の僧侶がパールハーバーで御断食による
平和のお祈りを捧げて下さり、地元のピースアクティビストの多くの方がその行動に
共感し、多くの人々が繋がることになりました。

また河内アキオ氏等が中心になり長野から東京の国会にむけ平和行進が行われハワイ
と日本で同時に世界平和を祈る時間を持つことができました。


1999年8月6日から8月9日まで私達は虹の祭というピースフェスティバルを奈
良、東大寺で行いました。そのフェスティバルは「地球にごめんなさい、隣の国にご
めんなさい、そしてあなたに、私自信にごめんなさい」をコンセプトに始まりました。

人類は常に地球から恩恵を頂き感謝しまた生き物どうし助け合って生きていかなけれ
ばならないと思います。

しかし今の状況はどうでしょう。

人は地球の恩恵に感謝するどころか搾取をくりかえし、国同士、人同士がいがみ合い、
暴力を肯定可し、地球上のすべての命さえ無くしかねない核エネルギーの使用も止ま
ることをしりません。

パールハーバーの悲劇が、広島、長崎の悲劇が、9月11日ニューヨークが二度とく
り返されてはならないと思います。

そして一人類として世界が癒され輝きに満ちた平和な世界を願わずにはいられません。

思えば昨昨年の12月このパールハーバーの戦艦ミズーリ甲板で行われた世界平和の
祈りに私は個人的に参加しました。そして今回このセレモニーに多大な貢献を頂いた
ホノルル市議会のリーンマンショウさんに出会いました。

私はパールハーバーデイの後広島で行われるピースセレモニー『オープンジャパン広
島イベント』のチラシをお渡し、いつかパールハーバーでお祈りを持ちたいとお話し
ました。彼女は快く御手伝いすると言って下さいました。

今回このタイミングで『広島平和の火』がアメリカ、ピースウォークの為、ホノルル
港、を経由し本土に向かうことになり、それならぜひ、パールハーバーに灯しお祈り
が持てればと思いリーンさんに連絡をとった所、時間の無い中こうしてピースセレモ
ニーができる様御尽力頂き、またネイティブハワイアンのカフナであられるブラーロー
ガンさん、ナヒさんの御協力も頂き、無事セレモニーが行えたことに心から感謝いた
します。

先の大戦の始まりと終わりがパールハーバーに集まりました。

宗教をこえ、人種をこえで多くの人々が静かに祈り鎮魂し、平和を共にイメージ出来
きたことを本当に嬉しく思います。

うらみや恐怖、暗闇の世界から新しい輝いた世界を創り出すのは私達一人一人に委ね
られているように思います。

時間の無い状況の中で思いの有る多くのかたがたの協力に心から感謝申し上げます。

                     2002年 1月16日  岡野弘幹


以下はハワイに同行された鎌田先生からの報告です。

真珠湾グローバル・ピース・セレモニー報告
2001年12月7日午前10時―12時実施(現地時間)
 (日本時間12月8日午前5時―7時)

1、「グローバル・ピース・セレモニー」概要報告

 2001年12月7日(木)午前10時から12時(日本時間12月8日午前5時
―7時)まで、真珠湾の一番奥まったところにあるハワイ州立公園で「グローバル・
ピース・セレモニー」が行われた。

日本からは「ジャパン・レインボー・ソサイティ」の一行14名が参加した。
日本からの参加者のほとんどが、3日か4日の断食をしてセレモニーに臨んだ。



 ハワイ側は、日系2世のリーン・マンショー・ハワイ市議会議員、ハワイ市長の代
理としてハワイ市経済開発局のメニー・マネンズ、ハワイの姉妹都市・広島市長の代
理としてミエコ・オオツカ、ハワイ広島県人会の主婦の方々など、およそ40余名が
参加し、日米60名ほどの参加者が共に心を合わせて、戦いによる死者を追悼し、世
界平和を祈った。

この日米合同の市民の祈りは、2001年9月11日の米中枢同時多発テロによる犠
牲者、1941年12月7日の真珠湾攻撃による戦死者、1945年8月6日・9日
の広島・長崎への原爆投下による死者、そしてすべての戦争による犠牲者と未来の子
どもたちに向けて捧げられた。

セレモニーは、10時からハワイ市議会税関サービス委員会委員長のリーン・マン
ショーの挨拶と司会進行で始まった。万国旗と、1998年8月8日の「神戸からの
祈り」から起こった「五色の布」が飾られた会場に、広島の原爆の残り火「平和の
灯」が、真珠湾攻撃時の死者の慰霊碑のあるアリゾナ記念館や戦艦ミズーリ号とネイ
ティブ・ハワイアンの聖地のある山を一直線に結ぶ線上に置かれ、そこを祭壇とし
て、花と祈りと舞踊が捧げられた。

なおこの「平和の灯」は、11月24日に神戸港を出港し、12月3日にホノルル
に着いた。このあと、灯はメキシコ、アメリカに渡る予定である。

式典は、まず、アメリカ合衆国国歌、ハワイ州州歌、日本国歌のあと、日本の歌
「ふるさと」を“Home Sweet Home,the Earth”の歌詞に替えて全員で合唱。続い
て、ネイティブ・ハワイアンのブラ・ローガンとナヒによって彼らの母語で祈りの言
葉が捧げられ、ジュレミー・ハリスハワイ市長と姉妹都市広島の秋葉忠利市長のメッ
セージの代読、日本側コーディネーターの岡野弘幹の経過報告のあと、全員で献花。

そして、3分間の黙祷ののち、神道による祈りを鎌田東二が、仏教による祈りを日本
山妙法寺の安田順法尼が、ネイティブ・ハワイアンの祈りをカフナのシャーマンのナ
ヒが、そしてナバホ族の祈りを山口晴康と河内聡夫が捧げた。

そのあと、神道の舞踊・浦安の舞が川西宏子によって、即興の舞が小池まなによっ
て奉じられ、ハワイアンの歌と踊りがリーンとその友人たちによって披露された。

続いて、ハワイ名物の「七色の鳩」数十羽が全員の手で空に放たれ、音楽家・岡野
宏幹の伴奏と主導によって全員で、ジョン・レノンの「イマジン」と

「我等に平和を」が合唱された。

このような形で、「グローバル・ピース・セレモニー」は行われ、ハワイ主婦協会
の方々提供のリフレッシュメント(いわゆるアメリカ式直会)ですべてのプログラム
を終了した。

 2、ハワイでの祈り「グローバル・ピース・セレモニー」に至る経緯

さて、次にこのような祈りの催しが開かれるに至った過程を簡単にトレースしてお
きたい。

事の発端は、1996年11月、東京都伊豆大島で行われた「野焼きフェスティバ
ル」までさかのぼる。

この「野焼きフェスティバル」は京都在住の陶芸家・近藤高弘を中心に、大島の三原
山噴火10年を期して大島町が行ったイベントである。

その時、「御神火と生きる――火山のコスモロジー」と題するシンポジウムを鎌田が
コーディネイトし、地球科学者の原田憲一山形大学教授、文化人類学者の竹村真一助
教授(当時)らとともにディスカッションし、その席上で2000年の満月の日に、
同じ環太平洋火山帯に属するハワイのキラウエア火山の麓で、地球的規模で野焼きフェ
スティバルとシンポジウムをやろうという話が持ち上がった。

わたしたちにハワイが共有されたのはその時からであり、この時、火山の噴火、環太
平洋、地震、エコロジー、野焼き、自然への畏怖・畏敬と共生文化の模索という志向
性の集結点としてハワイが意識されたのだ。

翌1997年3月、近藤高弘と鎌田は、ハワイのマウイ島に渡り、よさこい踊りの
リーデーでダンサーの国友須賀(マウイ島と高知の両方に在住)のコーディネイトに
より、野焼きフェスティバルを行った。

その後、1998年に喜納昌吉の提唱で、「神戸からの祈り」という祈りと歌・踊り
のイベントを1998年8月8日に淡路島と神戸メリケンパークで、同年、平成10
年10月10日に鎌倉の大仏殿(高徳院)で「東京おひらきまつり」を行い、ともに
超宗教・超宗派の祈りとして、ネイティブ・アメリカン、フィリッピンのイゴロット
族、アイヌ、在日韓国の人々と行い、映画監督の大重潤一郎、早稲田大学教授の池田
雅之がそれぞれ神戸と鎌倉の実行委員長を、鎌田が代表を務めた。
「五色の布」はその祭りにおいて、人々の祈りを五色の布に書き込むことから始まっ
た。

同年11月に東京の代々木公園で行われたレインボパレードに際し、「神戸からの
祈り」の実行委員でもあった岡野弘幹が、彼の率いるバンド・天空オーケストラの演
奏の最後に「1999年に、地球にごめんなさい、という祭りを行おう!」と呼びか
けたことがきっかけとなり、岡野弘幹が事務局長となって、3年間にわたる「虹の祭
り」が始まった。

その祭りの意義を話し合う中で、1999年は「地球にごめんな祭」という反省と懺
悔の祭りを、2000年は「ありがとう―お帰りな祭」という感謝と帰還の祭りを、
2001年は「旅立ちな祭」という出発と門出の祭りを行うことを決定した。

そして、初年度の1999年は東大寺と奈良公園と春日大社で、2年目の2000年
は高知県足摺岬とハワイで、3年目の2001年は富士山麓で大きな祭りを行おうと
構想を話し合った。

1年目は、山折哲雄白鳳短期大学学長(当時、現在、国際日本文化研究センター所
長)を実行委員長として計画どおり祭りを実施したが、2年目にはもろもろの準備が
整わず、ハワイで「ありがとう―お帰りな祭」を行うまでには至らなかった。

ただし、岡野弘幹、川西宏子、ナヒ、国友須賀、鎌田らは、12月7日(日本時間1
2月8日)にオアフ島の真珠湾に赴き、アリゾナ記念館の庭で共に祈りを捧げた。そ
して、「もっと準備をして、来年の2001年の12月7日にもう一度祈りの時を持
とう!」と心に期したのである。

このようにして、2001年の「グローバル・ピース・セレモニー」が実現したの
だ。このセレモニーの実現に果たした岡野弘幹の役割には多大なものがある。

なお、その間の2000年には、広島の原爆の残り火の「平和の灯」の行脚と分灯が
行われ、それが各地のいろいろな祭りの灯や21世紀のカウントダウンの火となり、
今回の「グローバル・ピース・セレモニー」の祭壇ともなった。その分灯は神戸元気
村・オープンジャパン代表の山田和尚の提唱によるものであった。

これらのいろいろな祭りやイベントが連動しながら、今回の「グローバル・ピース・
セレモニー」に結びついた。その意味では、今回のセレモニーはここ5年にわたるさ
まざまな催しの集結点だったといえる。

今回のセレモニーの規模はけっして大きくはなかったが、世界平和と生命の共生を願
い求める精神性と方向性には一貫したものがあり、その意義は小さくないと思う。

3、祭りの総括

これらの祭りを行う中で見えてきたことは、一つの行動こそが未知なる出会いと創
造をつくるという単純で重要な事実であった。祈りは個々の心の中で成立する。

それは誰にも侵すことのできない個人の聖域の中で起こるともいえる。

だが、祭りは違う。祭りは祈りや歌や踊りやそのほかさまざまなパフォーマンスや
催しの総合として、祈りの共同作業として初めて現実のものとなる。そこでは祈りの
共有を通して、人の心が目に見える形となり、行為となり、共同の作業となり、祭り
の形態をとるに至る。

しかし、こうした祈りや祭りを行おうとすると、いつもきまって、「飢えた子や、戦
争のさ中にある人の前で祈りや祭りが何の役に立つのか?
それは、単なる自己満足にすぎないのではないか?
現実的な効果のない精神的な手すさびであり、現実逃避ではないか?
もっと実効性のあることをやった方がいいのではないか?」という
疑問の声が寄せられる。

わたしは、宗教哲学を専攻してきた人間として、また一人の市民として、人間が関
与したあらゆる物事・現象には人間の心や欲望が不可分のものとして関与している。

その人間の心の澱をどう処理するか、どのように方向づけるかは、現実および未来を
創造していく上で根本的に重要であると考えている。

そこで、祈りや祭りは、個人の心のレベルで、また共同社会の心性・精神性のレベル
で、さらには目に見えない霊的波動のレベルで、その澱や濁りを純化し、
解きほぐしてゆく一回路となると確信している。

わたしにはそれは、目に見えないレベルと目に見えるレベルをつなぐ、きわめ
て人間的でリアルな行為であると思われるのだ。

人間の行為に完璧なものも完全なものもありえないが、わたしは心も思想も行動と
して現れて初めて、批判や反感・反発・対立を含む対話的場に連れ出されると思う。

わたしにとっては心や思想は行動の起点と志向性ないしその表現である。それが受肉
あるいは肉化である。祈りや祭りはそうした受肉への波動調整の役割を果たすとわた
しは考えている。

そのような意味において、祈りや祭りは、生者と死者と万物の協奏ないし共同作業
として不可欠の行為であり、表出であると思うのだ。

それはしかし、宗教的な排他性を持ってはならない。信仰を持つ者だけではなく、信
仰を持たない者にも開かれた祈りであり祭りでなくてはならない。そして、特定の宗
教・宗派の枠を超えた超宗教・超宗派である必要がある。

多様性を保障するものでありながら、しかしそこにてんでばらばらの無秩序やアナー
キーがあるのではなく、寛容と調和と尊敬がある状態が必要なのだ。

それこそが新しい、われわれに必要な祈りや祭りの根本姿勢ではないだろうか。

今回の「グローバル・ピース・セレモニー」を日米共同で行ってみて、改めて大切だ
と思ったことは、現地の人々との深い交わりと相互理解の必要である。

特に、ナヒさんとは何度も祈りの機会を共にしてきたが、その祈りの奥にある心情や
志向性や思想性や歴史性を深く汲み取る必要を痛感した。

そのことは、今回初めて、真珠湾攻撃に先立つ米軍の振る舞いを聞いて強く思ったこ
とである。

1941年4月、アメリカ海軍はネイティブ・ハワイアンにとってもっとも大切な聖
地の神殿を破壊し、その聖地の石を真珠湾に運んで軍用石として使った。

ハワイアンたちはその振る舞いを怒り、怖れた。何かよくないことが起こるのではな
いかと。日本人ならばさしずめ「祟りがある!」と怖れるところだ。

そして、その年の12月7日に、日本の真珠湾攻撃があり、数千人の人が亡くなっ
た。確かに、この米軍のハワイアンの聖地破壊と日本人の真珠湾攻撃の因果関係を結
びつける客観的論拠はない。

しかしわたしは思うのだ。美しい真珠湾を一望の下に見わたせるそのハワイ古来の聖
地を蹂躙したアメリカ海軍は、いつしかその行為(カルマ)の結果を引き受けなけれ
ばならないと。

それが日本帝国の真珠湾攻撃であったかどうかはわからないし、そのような短絡はし
たくない。

だが、米軍が行った行為に対する是非は問われなければならないと思う。

ネイティブ・ハワイアンのブーラさんやナヒさんと共に、その聖地に裸足で立ち、共
に手をつないで祈りの言葉を捧げた時、人間の行ってきた行為(カルマ)の行き着く
先を考えざるをえなかった。われわれはいったい何をしてきたのか。

同種の生命に対して。そして、異種の生命に対して。万物に対して。
人間の行為の結果をわれわれはきちんと受け止め、受け容れる覚悟があるのかと。

来年、2002年の5月か6月に、ポリネシア系の環太平洋地域から帆船カヌーが
集ってくるという。来年80歳になる、ブーラさんのお父さんのアヒさんがそのカヌー
大集会のチーフを務めるという。

その話を聞いて、わたしもこの集会になんとしても参画したいと強く思った。
そのカヌーの走行と集結は、ハワイアンやポリネシアンの祈りと願いを込めた祭り
であり、部族や民族の誇りと尊厳と人類の未来への希望を託した夢の実現でもある。

このような祈りや祭りは、はたして現実逃避の手すさびか。そうではあるまい。
それは、新しい時代の多様性と調和を共存・協奏の形を切実に求め、表現する行為で
はないか。

わたしたちの行ってきた祈りや祭りもそうした志向性を持つものであったと思う。

今回の「グローバル・ピース・セレモニー」に参加して、これまでのわたしたちの祭
りの一つの集結点を見た思いがした。そして、
その祈りや祭りに相反するような現実の闘争が続いていることも強く意識させられた。

今年の12月7日(日本時間の8日)は、真珠湾攻撃60周年に当たり、アメリカ政
府・米海軍はアリゾナ記念館において、戦没者慰霊と、ニューヨークテロの犠牲者の
遺族を招いて追悼慰霊を合同で行ったが、それはアメリカの「報復」戦争が常に「正
義」と正当性を持っていることをアピールする政治的ねらいを持っていた。

真珠湾攻撃とニューヨークテロをあえて同一のレベルに結びつけることによって、
アメリカに対する国際的な非難を巧みにかわそうとする戦略的な意図を持っていたの
である。祈りや祭りもまた常に政治利用されうることをそれは示している。
わたしたちはそのことに注意深くなければならない。

かつて沖縄の音楽家・喜納昌吉は、「すべての武器を楽器に!」と宣言した。
そして、「戦争よりも祭りを!」、「すべての基地を花園に!」と提言した。

その方向性にわたしは心から賛同するものであるが、その実現に向けての行為を
粘り強く持続することの困難さも同時に強く感じている。

掛け声を現実の形に仕上げていく策知と実行力が必要である。
祭りをただの「お祭り」と掛け声に終わらせない平和に向けての祭政協働の作業が。

それも、自由と多様性と創造性と共同性を調和的にバランスさせた平和に向けての
祭政協働の作業が。少なくともわたしが志向するのはそのような祈りと祭りの方向性
である。

12月8日は、世界史的に見て大変意味深長な日である。

1980年のその日、ジョン・レノンが銃弾に倒れた。そして、さかのぼること25
00年近く前には、ゴータマ・シッダルタが菩提樹下で悟りを開き、ブッダ(覚者)
となり大悟成道したと伝えられる日であり、聖母マリア昇天の日とも言われる。

その同じ日に、真珠湾から20世紀最大の戦争が始まったのだ。ハワイの聖地の神殿
の石組みを移し変えた軍の基地から。因縁の日と言うべきではないか。

2001年12月11日 鎌田東二記

(署名部分省略)
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Open-J Vol.136 : 天声人語に載りました (01/17)

★グローバル・ピース・キャンペーン★

●『神戸元気村』解散・天声人語に載りました●


本日、1月17日朝日新聞の朝刊コラム「天声人語」に、神戸元気村の解散にまつわ
る記事が掲載されました。是非ご購読ください。事務局より・・・

(署名部分省略)
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Open-J Vol.135 : アラン・ポーグ氏緊急来日報告 (01/15)

★グローバル・ピース・キャンペーン★

●アラン・ポーグ氏緊急来日報告●

「アランさんがイスラマバード空港から戻ってきてしまいました。次はうま
くいっても、日曜日晩の便です。」日パ旅行社の督永さんからこんなメールが
飛び込んできました。1月3日(金)の未明3時すぎ、最後のメールチェック
をして寝ようとしていたところでした。
 「どうしよう。明日から9日夕方までスケジュールがいっぱいだ。全部狂っ
てしまう。それにもし日曜にも発てなかったら・・・」年末から年始の忙しい
ときに無理なお願いばっかりの私にアランさんのためにと、協力を惜しまなか
った人たちに対して今度はすべてキャンセルだと事情を説明しながら頭を下げ
まくっている自分の姿が目に浮かんできました。

 アラン・ポーグさんはベトナム戦争からパレスチナ、移民労働者、死刑囚
の素顔、湾岸戦争、イラク経済封鎖の悲劇まで30年間にわたり米国の影の部
分を撮り続けてきた超一流のフォトジャーナリストです。「人権を守り、人
道支援の道具としてカメラを使うフォトジャーナリスト」という定評がある
彼は、多くの一般市民や政治家の心を動かし、偏った世論の流れを変えるの
に何回となく貢献してきました。それというのも、彼の美しく訴求力の強い
写真を前にすると誰でも生活者がどんな状況を生きているかをその場で追体
験してしまい、同じ立場に立たずにはいられないからです。アランさんの過
去の作品は一部、次のサイトで公開されています。
 <http://www.documentaryphotographs.com/>
 その彼が年末から年始にかけて、アフガン市民の生活の実情をカメラに収
めるため、米国の"Veterans for Peace”(平和のための退役軍人の会)とグロ
ーバルピースキャンペーンによってアフガニスタンとパキスタンに派遣されて
いました。そして現地映像の発表に様々な障害が懸念されるアメリカに戻る
前に、撮りたての写真を携えて、1月4日から9日の予定でまずは日本で講演
や記者会見その他のアポイントメントをこなすことになっていたのです。

 それが全部キャンセルかも。目の前が真っ暗になりました。アランさんは
北京経由で成田に到着するはずでしたが、アメリカ人だけは、飛行機の中で
待つだけでもトランジットビザがなければ、中国内に降立つことができない
ため、飛行機に乗ることさえ許されなかったのです。でも幸い翌日、中国
大使館ですぐビザが発行され、切符もとれたので、日曜夜には発つことが
できました。そして翌日7日の月曜日昼の1時には成田に降立ちました。し
かし、この段階では数時間後の講演会で見せる写真は1枚も準備できていま
せんでした。
 それから2日と4時間。数限りない人たちに助けられ、いくつもの綱渡り
を繰り返し、奇跡的に予想以上の成果を収めることができました。以下にそ
の内容について報告させていただきます。

(1)緊急写真講演会:フォトジャーナリストAlan Pogue氏に聞く『アフガニス
 タン市民生活の実情1』
 1月7日(月)18:30〜20:30 中村敦夫事務所四谷会議室

 参加者82人。多数の報道関係者、人権・環境・平和アクティビスト、その
ほか平和を真剣に考える一般市民が熱心に聞き入る中、アランさんはカラー
スライドとデジタル映像を披露しながら、現地の様子について1時間ほど語
りました。私自身の拙い通訳が間に入ったので、100%彼の思いが伝わったと
は言えません。また、スケジュールが大幅に狂ってしまったため、彼の本領
の白黒写真がプリントできず、芸術的に彼が納得できる写真は多くありませ
んでした。しかしそれでも難民キャンプ内の病院、学校、墓地などで目撃さ
れた。アフガンの子ども、女性、男性の生身の人間模様には多くの人が少な
からず、心を動かされていた。それが会場の雰囲気からひしひしと伝わって
きました。また、アランさんの淡々としたジャーナリスティックな話し振り
も印象深かったとの意見が多くアンケートにも見られました。
 そして5分の休憩の後のディスカッションタイムでは、活発な質問やコ
メント一つ一つに誠実に答えてくれました。以下にその数例を挙げます。
 ◎平和というものは外にではなくまず心の中につくるもの。
 ◎戦争の犠牲者は常に非戦闘員である一般市民だ。
 ◎何千にも無実の市民が死ぬことを百も承知でアフガン攻撃をするという
  行為はテロリズムでなかったら何だろう。
 ◎他の国のテロリズムに戦いを宣言するなら、過去にアジアやアフリカ、
  中南米で行ってきた自国の直接テロや間接テロをまず裁くべき。
 ◎アメリカでは真実が隠されたりねじまげられたりするけれども、それを
  知らせる努力をこれからも続けることが一番大事。
 ◎アメリカ政府は人々が真実を知ることを恐れている。
 ◎だからこそ、CNNなど主要メディアでは、アフガンの一般市民の犠牲
  者のことを話題にするときは、必ずオサマ・ビン・ラディンなどのテロ
  リストたちのせいで全てが起こっているという文脈を作ることが現場の
  担当者に指示されている。
 ◎そうした中、アートを利用して裏口から入り込んで活動できるアーティ
  ストは一般ジャーナリストより有利な立場にある。
 ◎いずれにしても、どんなにつらい状況でも、楽しみながらやることが、
  活動を長続きさせるこつだと思う。

 以上、個々の点は、他の場で他の人によって指摘されてきたことも多いこ
とでしょう。また、現地に一定期間滞在して多くの映像を送りつづけている
日本人写真家も一人ではないでしょう。しかし、「自由」という虚像と裏腹
に反政府的な意見をシステマティックに押し殺すアメリカという国で30年間
活動してきた人間の言葉として、その発言の重みを否定することは誰もでき
ないのではないでしょうか。
 盛大な拍手で講演会は幕を閉じました。

(2)同日20:30〜21:10、ミニ記者会見

 ここでも、熱心な質問の嵐に、当初20分の予定を2倍に延長してアランさ
 ん自身は気持ち良く答えていました。スケジュールとアランさんの体力を
 心配する主催者側の気持ちをよそに。日本のジャーナリストその他の人た
 ちの熱心さに感動し、感謝の気持ちでいっぱいだ。帰りの車の中でそう話
 してくれました。

(3)同じ晩、某出版社の方に日本での写真集出版の可能性について打診した後、
 都内西麻布のAtmosphereというバーに場所を移しました。ここでは、1月
 下旬(25日頃)から1ヶ月間、アランの作品(今回公開できなかった白黒の
 アフガン写真25枚前後)が展示されることになりました。詳しくは20日頃
 発表します。

(4)また20日(日)16:30〜19:30 都内代官山のBe Good Cafe で、イベント・
 ティーチイン「メディア&ピース」が開催されますが、そこでも彼の今回
 のアフガン写真とその活動が紹介されることになりました。詳しくはホー
 ムページ <http://begoodcafe.com/> をご覧ください。

(5)1月8日(火)15:00〜17:00 インタビュー(ヘラルド朝日)

(6)緊急写真講演会:フォトジャーナリストAlan Pogue氏に聞く『アフガニス
 タン市民生活の実情2』
 1月8日(月)18:00〜20:00 一橋大学教職員集会所

 参加者55人。学生、教職員、ジャーナリスト、一般市民。内容は前日のも
のとほぼ同じものでしたが、スライドの枚数を若干増やし、"Veterans for
Peace”の活動を少し詳しく紹介したところ、やはりその存在をはじめて知っ
て感動したとの意見がアンケートに多く見られました。
 なお、前日もそうでしたが、「これから民主主義をささえることになる女
性と子どもに希望を持っている。その彼らを支援することはこれからも大切
だ」とアランさんは強調していました。

(7)同日20:45〜22:00 打ち上げ会

 そこで、アフガニスタン近隣の某国の外交官と意見交換。アメリカにもア
 ランさんのような人間がいることを知って感動したとその外交官は語って
 いました。来日してはじめてゆっくり食事をとってもらえました。

(8)1月9日(水)11:30〜13:00 一橋大学34番教室 国際関係論専攻の学生
 の前で、写真なしのカジュアルなトーク。通訳なしで英語のみ。リラック
 スした雰囲気の中で、中身の濃い討論が繰り広げられました。前日やっと
 7時間ほど寝る時間がとれたので、特に頭が冴えていたようです。

(9)記事になったり写真が使用された例は、主催者側が把握しているものだけ
 で、以下のようなものがあります。
 朝日新聞(全国版)1月8日(火)夕刊。週間金曜日1月11日(金)。
 Herald Asahi(12th January)。Star People, Spring 2002。
 その他、今回は放送枠がとれなかったようですが、これからアランさんの
 活動を中長期的に追っていきたいので情報がほしいとNHK-BSの担当者の方
 からは申し出をいただきました。

(10)1月9日(水)16:00〜16:30 成田空港。52時間滞日スケジュールの決算。

 1月7日(月)の講演会参加費(マイナス経費)に7日〜8日の「アラン
 全米広報活動費カンパ」を加えた114,397円をアランさんに渡しました。
 ただし、スライド現像代金(大幅値引き)がまだ明らかでないので、後日
 精算することになっています。

今回、数限りない人たちが綱渡りを助けてくれました。その半分以上の人
たちは、イベント当日まで一度も会ったこともなく、10〜30回に及ぶメール
や電話のやり取りの後、当日あわただしく「はじめまして」と挨拶を交わし、
すぐ作業にとりかかってくれました。中には、アランさんには一度も会うこ
となく大きな貢献をしてくれた人もいました。そうした人たちの名前をすべ
てここで挙げることは不可能ですし、私たちが把握していないところで、広
報その他で助けてくれた人も大勢いるはずです。時にはあまりに多くの人が
援助を申し出てくれたため、交通整理に困ったことさえありました。主催者
を代表して心から感謝したいと思います。
 アランさんは分かれ際に次のように言いました。「これからアメリカ各地
で今回のアフガン写真を携えて広報活動を繰り広げなければならない。その
ために必要な精神的エネルギーをたくさん日本の人たちからもらった。すご
く感動し、感謝している。将来のための種まきもできてよかった。でも今度
来日するときは、同程度の内容を1週間かけてゆっくり消化したい。」
 アランさんは帰国後2日間、ベッドからほとんど体を起こすことができな
かったそうです。
             (グローバルピースキャンペーン 今村 和宏)

(署名部分省略)
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Open-J Vol.134 : みんなありがとう!神戸元気村は1月17日解散します (01/14)

7年間ありがとう!

神戸元気村は、2002年1月17日午前5時46分、7年間の活動に終止符を打ち
解散することになりました。

1月13日、神戸元気村の発祥地である御影公会堂に地元神戸と全国から、なつかし
い顔の50数名が集まり「峠の会合・いのちの祭り」が行われました。

冒頭にバウさんが代表引退を宣言。
それを受けて、今後の神戸元気村をどうするか話し合いが行われました。
様々な意見が出るなかで、最終的には「震災を通じて偶然出会った私達の絆は消える
ことはない、神戸元気村の名前は無くても、動く時はそれぞれ繋がってゆける、私達
は動いている個人の集まりなんだから・・・」という結論に落ち着きました。

現在の事務所は残務整理と引継ぎの為、数ヶ月は存続し、その間に神戸元気村のホー
ムページは「オープンジャパン」へ移行します。管理者は、現在のウエッブマスター
のストーン石田氏、応援は山形のスターン草島氏。

現在進行中の「平和の火・こころ」の分燈活動や地雷撤去プロジェクト、グローバル
ピースキャンペーンはそのまオープンジャパンとして継続してゆきます。
また、昨年5月にスタートした「神戸元気村」移動サービスは、独立して山本初男氏
を中心に活動を続けてゆくことになりました。
今後とも、それぞれの活動にご支援くださいますよう、どうぞよろしくお願いします。

引き続き、様々な情報をメールニュース「OPEN-J BOOMERANG」で発信してゆきますの
でどうぞよろしくお願いします。

神戸元気村への7年間のご支援ありがとう!
0から始まった神戸元気村を一緒に創ってくれた皆さんありがとう!

1月17日午前5時46分、バウさんはひとりで六甲山頂に立って、この7年間をふ
りかえりながら、神戸の街をのんびりと眺めるらしいです。

どうかこのメールを読まれた方は、早朝のその時間は無理かもしれませんが、
その前日16日のあったかいお布団に入ったときに、神戸のことをちょっとだけ
思い描いてください。

また、1月16日午後10時からNHK総合ラジオ「NHKジャーナル」の中で神戸元気村
の特集が全国放送されます。ぜひともお聴きください。

7年間ありがとうございました。


報告者:吉村誠司・杉森昌司


神戸元気村ウェブサイト → <http://www.response-jp.org/>

(署名部分省略)
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Open-J Vol.133 : 峠の会合・いのちの祭り (01/07)

●神戸元気村の山田和尚が7年間の活動期を終えて代表を退くことになりました●

       ありがとう!バウさん みんな集まろう!!

      ▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
      ▼できるだけ広範囲に転送をお願いいたします▲
      ▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

『峠の会合・いのちの祭り』

神戸の人たちから、また全国の人たちから親しまれてきた神戸元気村代表の山田和尚
が、アフガニスタンに向かうため、7年間の活動期を終えて代表を退くことになりま
した。

2002年1月17日が来ると、あの阪神大震災から8年目を迎えます。

こんなに長い坂道を、私たちは歩き続けることが出来たかと思うと、
今日まで神戸元気村にご支援、ご参加、ご協力をいただいた全国各地の皆様がたに、
あらためて新鮮な気持ちで感謝いたします。

さて、神戸元気村はこれからどうなるのでしょうか?

また、神戸元気村は7年もの間、いったいどんな事をやってきたのでしょうか。
私たちはふと、自分たちがやってきたことを振り返りたくなりました。

そこには、この長い坂道を歩いてきた道のりが、
かすみに消えそうな向こうの遠い山まで、
まるで物語のように、まるで山と山の頂きをつなぐ縦走路のように見えるのです。

遠く大きな峰々は、ひとつひとつ私たちが仲間と共に
小さな想いを重ねあげて、創っていったものなのです。

そしてこの歩いてきた山道は、私たち自らが切り開いてきた道なのです。
それ以前には、だれひとりとして、歩かなかった道なのではないでしょうか。

私たちは、今自分たちの立っている足元から目線を上げて、
この山道の先の方を見てみることにしました。

すると目の前に大きな峠が見え出したのです。

いつかこの大きな峠に近づく時がくると思いながら歩いてきたのですが、
とうとうその時が来たようです。

さて、今私たちはひとつの選択をする時を迎えたようです。

それは、神戸元気村を維持、継続させて行くか、それとも解散するかということです。

これは、ある意味ではいい時期を迎えたかも知れないと私たちは考えています。
ひとりひとりのスタッフが、新たな踊り場に立ち、
新たな方向といえる進化の階段にむかう時期とも、とれるからです。

震災から8年目となる2002年1月17日まであと数日となりました。

私たちは大きな峠にさしかかりました。

どうか、『峠の会合・いのちの祭り』にご参加ください。
峠の小屋で私たちが待っています。

おいしいものを食べながら、写真を見ながら、なつかしい人たちと会いながら、
これまで残されてきた膨大な資料を整理しながら、
全国各地のテレビ局から放映されたビデオを見ながら、いい音をだしながら・・・

神戸元気村を取り囲んでくれたみなさんといっしょに『8年目』をすごしながら、
今後、神戸元気村をどうするかなどを、話し合いたいと思っています。

なお、神戸元気村は現在も広範囲な活動を展開させていただいておりますので、
『峠の会合』で解散の方向に決まっても、今後数ヶ月の残務処理期間が必要となりま
す。ご支援、ご協力、ご参加くださいますようお願いいたします。

また、現在進行中のグローバルピースキャンペーン、地雷撤去、アフガントラストに
ついては、ひきつづきオープンジャパン事務局で継続展開させていただきます。

7年間、どうもありがとうございました。

                   神戸元気村  代表 山田和尚
                         副代表 草島慎市
                         副代表 吉村誠司
                         副代表 袖岡秀一
                         副代表 中田あや

                         事務局 杉森昌司
                         事務局 鬼丸昌也
                        四万十塾 木村トール
                        webmaster stone
                         コアスタッフ一同



『峠の会合・いのちの祭り』

開催日:2002年1月13日(日) 3連休の真ん中の日
会場 :御影公会堂 (阪神電鉄・石屋川駅より徒歩5分、国道2号線沿い)

日時 :1月13日(日)
9時〜5時 【わいわい我や我やの資料整理】
神戸元気村には、震災直後から現在進行中のグローバルピースキャンペーンにいたる
までの、膨大な資料が残されています。
全国各地で放送されたニュース、特集番組などを収録したビデオが約100本、新聞
紙面で紹介されたものなどは、数えきれないぐらい残されています。また、各プロジェ
クトの資料、数百本におよぶネガ、数万点の写真などをダンボールから出して、ワイ
ワイ我や我やの整理作業です。
尚、この日はコピー機、ビデオダビング装置などを用意しますので、あなた自身で、
あなただけの神戸元気村保存資料をお作りください。

1時〜5時 【これからどうすんねん元気村・とことんミーティング】
このミーティングで、今後の神戸元気村の方向が決まります。
どなたでも発言、ご提案OKですので、ふるってご参加ください。

5時〜8時 【なつかしの神戸元気鍋・復活晩ご飯】
参加費3000円
震災直後から桜が咲いた4月3日まで、一日最高7000食という、気が遠くなるぐ
らい続いた神戸元気鍋。みんなで復活させます。

9時〜・・・ 【第2部・風呂の中・裸でこれからどうすんねん】
参加費2300円
遠方からお越しの方で宿泊を希望される方には、神戸で一番安い宿泊施設、神戸クア
ハウスをお勧めします。人気の布引の水もここで飲むことが出来ます。
一泊2300円(PM9時〜AM11時・仮眠室)もちろん天然温泉、三宮から8分、
二ノ宮神社上、女性もOKです。


ご参加くださる方は、ぜひメールにてお知らせください。
また、当日参加できない方のために、ご提案・ご意見などメールで頂きましたら、
会場にて公開させていただきます。メールはこちらまで → <genki@response-jp.org>

また、山田和尚(バウさん)へのプライベートなご提案・ご意見などは、
こちらまで → <bowmoon@hotmail.com>

神戸元気村ウェブサイト → <http://www.response-jp.org/>

(署名部分省略)
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Open-J Vol.132 : 『アフガニスタン市民生活の実情』のお知らせ (01/06)

★グローバルピースキャンペーン★

明けましておめでとうございます。きくちゆみです。
12月3日から日本を出て、アメリカーイギリスを平和を創る人々に
出会い、つなぐ旅を続けております。今は1月5日に行われるピース
フェスティバルに参加するためにサセックスというところに滞在しております。

昨年中はグローバルピースキャンペーンなどで、大変お世話になりありがとう
ございました。世界情勢は緊迫する一方ですが、911をきっかけに人々は
国境を越えて平和な世界を築くために繋がり始めております。その手ごたえ
をあちこちで感じながら、新しく出会い、意気投合した人々と、今年も様々な
企画をしていきますので、どうぞお楽しみに。

さて、以下は、アメリカの平和のための退役軍人会とグローバルピースキャンペーン
の協力により実現した企画です。またとない機会ですので、どうか事前告知・取材
をよろしくお願いします。アラン・ポーグさんへのインタビューは今村和宏さんを通
して行ってください。

今年もよろしくお願いいたします。

きくちゆみ くまのぷーさんの故郷/サセックスにて
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

以下に緊急写真講演会 『アフガニスタン市民生活の実情』を2件ご紹介します。
内容はほぼ同様の内容ですので、スケジュールと対象に合わせて、お誘い合わせご参
加ください。

 ●1月7日(月)18:20〜 中村敦夫事務所四谷会議室
   対象:主に映像ジャーナリスト、報道関係者およびライター、
      アーティスト、平和活動・人権擁護・環境保護アクティビスト
      +一般市民
 ●1月8日(火)18:00〜 一橋大学職員集会所
   対象:主に教育関係者や学生、映像関係者+一般市民


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           【緊急写真講演会開催のお知らせ】

           フォトジャーナリストAlan Pogue氏に聞く
            『アフガニスタン市民生活の実情』
                 (日本語通訳付)


◇ 日時: 2002年1月7日(月)
      18:00開場  18:20開始
◇ 場所: 中村敦夫事務所(国民会議)・四谷会議室
      〒160-0004 東京都新宿区四谷3-11 山一ビル6階
      最寄駅:営団丸の内線四谷三丁目駅。2番出口より徒歩2分。
      新宿方面に向かって右手のドラッグストアあるビルの6階。
      電話03-3353-1122
      地図は以下をご覧下さい。
      <http://www.monjiro.org/kokumin/top.html>
◇ 主催: グローバルピースキャンペーン
◇ 後援: Veterans for Peace (平和のための退役軍人の会)および
     PeaceLink (Italia)
◇ 参加費: 500円 (70名先着)
◇ 問い合わせ先: 中村敦夫事務所(電話03-3353-1122)
         またはEメール:<imamurak@gol.com>



◇ 日時: 2002年1月8日(火)
      18:00〜  (開場:17:45)
◇ 場所: 一橋大学職員集会所
      東京都国立市中2−1
      最寄駅:JR中央線国立駅。南口より大学通り徒歩7分。
◇ 主催: アフガニスタンの平和を考える会(世話人:今村和宏)
◇ 後援: 一橋大学教職員組合
◇ 参加費: 無料
◇ 問い合わせ先: <imamurak@gol.com>


  Alan Pogue氏はベトナム戦争からパレスチナ、移民労働者、死刑囚
の素顔、イラク経済封鎖まで30年間にわたり米国の影の部分を撮り続
けてきた超一流のフォトジャーナリストです。「人権を守り、人道支援の
道具としてカメラを使うフォトジャーナリスト」という定評がある彼は、多く
の一般市民や政治家の心を動かし、偏見に満ちた世論の流れを変える
のに何回となく貢献してきました。それというのも、彼の美しく訴求力の
強い写真を前にすると、見る者はカメラマンの視点で生活者がどんな状
況を生きているかをその場で追体験してしまい、同じ立場に立たずには
いられないからです。Alanの過去の作品は一部、次のサイトで公開され
ています。 <http://www.documentaryphotographs.com/>
(「次へ」のボタンが小さいのでご注意ください)

 その彼が年末から年始にかけて、米国の ”Veterans for Peace”(平和
のための退役軍人の会)と日本のグローバルピースキャンペーンによっ
て、一般市民の生活の実情をカメラに収めるためアフガニスタンに派遣
されています。そしてアメリカに戻る前に、撮りたての現地映像を日本の
皆さんにお見せしながら是非お話がしたいと申し出てくれたので、今回
緊急講演会が実現することになりました。

 もちろんどなたでも参加できますが、Alanはフォトジャーナリストやビデ
オジャーナリストなど同業者を中心とする報道関係者、ライターやアーティ
スト、平和活動や人権擁護活動、環境保護活動などに携わる人たちとの
交流を心待ちにしています。ですから、質疑応答、討議の時間はたっぷり
とる予定です。

(署名部分省略)
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